第33話 情けなダンシング


 世界一っていってもそんなに言いすぎじゃない大国の、政府のトップである左大臣が、いうに事欠いて「金がない」。


「情けなさすぎて、情けなダンシングをしてしまいそうですよ?」

「意味不明な踊りを披露しないでくれ……」


 深く深くハルセムが息を吐いた。


 この状況で貧民街の出身者を雇用してくれる商家なんかない。

 下手にそんなことをしたら他の商家から総スカンである。


 となれば、貧民たちの働く場所は国が作らないといけないのだ。

 それはもちろん、国家的な事業を立ち上げて従事させるってこと。


「ていうか、そんなにお金がないんですか?」

「貧民街の支援に予備費までつぎ込んでしまったからな。今年使える金はまったく残ってない」


 そりゃそうか。

 増税って話にまでなっていたんだから、予備費なんて残ってるわけがないよね。


 あ、もちろん国庫に金貨が一枚もないって意味じゃなくてね。

 新年度の予算が編成されるまで、自由にできる金銭がないってこと。


 となると緊急的な臨時予算を組む手なんだけど、その法案を押し通すだけの人脈がハルセムにはないんだろうなぁ。

 メイファスの件でやらかしちゃってるから、政府内での発言力にも不安があるのかもしれない。


「じつは聖都に戻る途中、ルマイト王国が街道の整備をしているのを見ましてね。これだ! って思ったんですよ」


 苦笑しながら言う。

 あの規模で街道を整備すれば、軍隊を移動させるにしても物資を運搬するにしてもかなり楽になる。

 それ以上に、貧民たちに仕事を与えることができる。


 民草の生活が便利になるっていう公共性の高い仕事だから、汗水垂らして貧民たちが頑張ってるのを見たら平民たちも心を開くんじゃないかなーと思っていたのだ。


 もちろんそうなるようにいろんな工作が必要だけどね。


「けど、そのはるか手前でつまずいちゃいましたねえ」

「来年度の予算編成時期までどうか内乱が起きませんようにと神に祈る日々だよ」


 こんなことで神頼みすんな。

 魔王ザガリア対策だってやんなきゃいけないのに。


 世界の存亡を賭けた戦いが控えてるのに、聖女を擁するオルライト王国の足下がこんなにガタガタ揺らいでたら、神様だって情けなダンシングだよ。


「いたっ!? ちょっとメイ! 大事な話をしてるときになにすんの!」


 黙って聞いていたはずのメイファスが、いきなり私のお尻をべっちんって叩いた。


 ホントに突然ね。

 意味不明だよ。


「あ、ごめんユイナ。なんかそうしなきゃいけない気がして。あたしにもよくわからないんだけど」

「自分でもわかんない行動をすんな」


 驚愕だわ。

 なんなのよ、いったい。

 ハルセムの目だって点になってるよ。


 私はごほんと咳払いした。


「判りました。私が出します」

「は?」


「お金ですよ。貧民を雇用する国家事業に必要なお金は、私の家で負担します」

「いやいやいや。何を言ってるんだ」


 点だったハルセムの目が見開かれる。


「うちの財産、おそらく七千億デアナルくらいはあると思うんですよ。国が買えるとまでは言いませんが、予算の一部を担うくらいはできるかと」


 平民四人世帯なら年間五十デアナルくらいもあれば充分に生活できるって話を前にしたと思う。

 私の家には、その百四十億倍の蓄財があるわけだ。


「なんでそんな天文学的な数字が……」

「四百年も聖女をやってますから」


 ニセモノのね。

 報酬と口止め料を兼ねた報奨金を、毎年ものすごい額を賜ってるんだよ。


 私が聖女を辞すときにもらったのが三十億デアナルだってことを考えれば、どれほどの厚遇か推して知ることができるだろう。

 大臣たちの俸給だって、私の半分以下なんだって前にマーチスが言ってたなぁ。


 で、ここが大事なんだけど聖女は贅沢な暮らしなんかできないの。

 イメージってものがあるから。

 聖女が夜の街とかで豪遊するわけにはいかないでしょ?


 豪壮な屋敷と庭の維持費と使用人たちの給料くらいしか支出がなくて、お金は貯まる一方だったんだ。


 これを使って、この国を救ってあげようじゃないの。


「それだけあれば……」

「ただ、お金を出す以上は口も出しますよ。私のプランに乗るつもりはありますか? ハルセム閣下」


 にっこりと笑う私だった。


「ユイナの笑顔こっわっ。どうみてもニヤリじゃん。スラムのボス連中より迫力ある」


 メイファスが失礼なことを言う。

 ハルセムとダンブリンも、なんか震えながら頷いた。


 なんだお前ら?

 ケンカなら買うぞ? 表に出ろ。全員すっころばしてやる。





「国民のみなさん! まずは謝らせてください! 大変申し訳ありませんでした!」


 一日いちじつ、王宮のバルコニーに立った聖女メイファスが深々と頭を下げる。


 前庭に詰めかけた民衆たちにどよめきが広がっていく。平民も貧民も等しく聖女の話を傾聴するよう、国王ラントールの名前で布告が出されているのだ。

 王国なので、王様の命令は絶対である。

 逆らったら反逆者だ。


「貧しき人々に施すのが聖女の務めだと、私は考え違いをしていました!」


 聖女が救うのはすべての人。

 富める人も貧しき人も、善人も悪人も、男も女も老人も子供も、この世に生きるすべての人々を救うのが聖女の務めなのである。


「考えを改めました! スラムの方々、働いてください! 働き口は用意します!」


 どよめきはざわめきへと変わる。

 この瞬間、「お貧民様」などというものは姿を消した。


 お金ちょーだいと彼らがねだっても、国も聖女も手を差し伸べない。働けというだけだ。


 働き口とは、魔王侵攻に備えた街道整備の仕事。

 けっこう過酷な肉体労働である。


「そして平民の方々、あなた方の血税を無駄に使ってしまい申し訳ありませんでした!」

「その埋め合わせというわけではありませんが、来年度の人頭税を無条件で一割軽減する旨、国王陛下が約束してくださいました」


 ここで私が一歩前に出て、メイファスと並んだ。

 新旧の聖女、そろい踏みである。

 一瞬、民衆が沈黙し、その後で歓声が爆発した。


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