第23話 メイファスという少女


 いきなり頭を潰される、という異常事態。

 魔物も人も唖然としてしまったが、平静を取り戻すのはさすがに人間の方がはやかった。


「鏖殺せよ!」


 アイザックの号令一下、騎士と志願兵が魔物たちに襲いかかる。

 指揮を執るはずのガラゴスがいなくなったことで組織的な反撃もできず、一匹また一匹と魔物たちが倒されていく。


 本来は手強い相手なんだろうけど、動揺しているところを突いているからか、人間側には損害らしい損害もない。

 その様子を眺めながら、私はぽんとメイファスの肩を叩いた。


「お見事」

「あたしはこの世界が正しいなんて思ってない」


 ぽつりと呟く。


 そりゃそうだ。

 スラムという社会の底辺で生まれ育ち、明日どころか今日食べるものさえないような生活を送ってきたのだから。


 その一方で、好きなものを食べ、きれいな服を着て、人生を楽しんでいる人たちがいる。

 不公平を感じないとしたら、むしろメイファスの感性がどうかしているだろう。


「でもね、ユイナ。それをゲームだなんて絶対に言わせない」


 屹っと前方を睨んだ。


「くそみたいな母親も、死んじゃった友達も、お腹が空いて死にそうだった毎日も、すごく眩しかったお城も、ぜんぶ現実」

「そうだね。メイ」


 メイファスの肩に手を置いたまま、私は頷いた。


 ひどい現実だからこそ、なかったことにはできない。

 壊してしまえ、消してしまえ、とはメイファスは考えなかったのである。もし彼女が自己の栄達や富貴のみを求めていたのなら、過去なんて封印しただろう。


 スラムごと焼き払って決別したかもしれない。

 けど、メイファスはそうしなかった。

 救おうとした。


 やり方はまあ、ダメダメだったけど。


「今までの苦しみも、ユイナと出会った幸福も、ぜんぶあたしのもの。魔王なんかに壊されてたまるもんですか」

「聖女様に、幸福っていわれちゃった」

「すぐ混ぜ返すんだから」


 むう、とメイファスが頬を膨らます。

 そうすると年相応で愛らしい。


 照れるんだって。

 察しなさいよ。




 

 ともあれ、戦闘は終息へと向かっている。

 人間の圧勝という形で。


「隊列を組み直せ! このまま夜を徹して進軍し、ゲートを破壊する!」


 アイザックが叫んだ。

 えええぇぇぇ……。無茶すぎない?

 休ませないの?


「大丈夫なのかな……」

「大丈夫です。というより、ここで休んでしまったらかえってまずいですね」


 首をかしげる私にフリックが答えた。

 休んでしまったら緊張の糸が切れてしまう。


 いまは勝利の高揚が全体を包んでいるが、冷静になったら、強大な魔物と戦わないといけないって現実がのしかかってくる。


 つまり、せっかく上がった士気が下がってしまうのだ。

 であれば、このまま攻め続けた方が良い。


 疲労度の問題はたしかにある。

 しかし、結局のところ秤にかけるしかないのだ。


 上がった士気か、兵たちの疲労か。


 で、この場合は士気を優先する。なぜなら、時間を置いて状況が良くなる見込みはないから。


 次元門とやらがあるかぎり、魔王軍には兵力が補充され続ける。

 翻って私たちに増援はない。


 いや、もちろん聖都に要請すれば送ってくれるだろうけど、到着するまで二ヶ月以上かかるのだ。

 それまでの間、また魔物が増えることになってしまう。


「だから、体力的にはきつくても、ここは攻めの一手なんです」

「そういうものなの?」


 私には軍略が判らないけど、そういうものらしい。


「それに、今がチャンスだってのもあるよ」


 ブラインが私たちのところにやってきた。

 ということは、戦闘は完全に終了した感じかな?

 副隊長が持ち場を離れられるんだから。


「四将軍だか四天王だかが、それぞれ兵を率いて進軍したってさっきのガラポンとやらが言ってたからね」

「ガラゴスですよ。ブラインさん」


「べつにどっちでも良いじゃん」

「たしかに!」


 魔王軍の幹部の名前なんか、べつにちゃんと記憶しておかないといけないようなモノじゃない。

 まして、もう倒した相手だし。


「今なら敵の守りは手薄ってことが大事さ」

「信用できるんですか? それ」


 敵の将軍がいった言葉である。

 むしろ嘘を疑うほうが自然ではないだろうか。


「他に判断できる材料がないからね。信用するというより、せざるを得ないって感じかな」


 ブラインが肩をすくめてみせた。

 攻めるのは大前提で、ガラゴスの言葉はそれを補強する程度の価値らしい。


「戦えない負傷者は置いていく。自力でコロナドに戻るか、味方が凱旋してくるのを待つか、あるいは野垂れ死ぬか。そこは本人の選択だね」

「鉄血主義ですねぇ」

「どのみち魔王が攻めてきたらほとんどの人間が死んじゃうからね」


 四百年前がそうだった。

 人間は絶滅寸前まで追い込まれたのである。


 そこから奇跡の一発逆転をして勝利をつかみ取ったのは、聖女と勇者そして彼らとともに戦った英雄たちの奮闘のおかげだ。


 でも結局、勇者も聖女も戦後復興に力を貸すことなく、どこかに消えちゃうんだよね。

 名誉も財宝も土地もすべて固辞して。


 ただ、さよならと告げて。

 

 

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