第22話 だから、ゲームだなんて絶対に言わせない
見張りに立っていた誰それがいない、そんなところから始まった。
トイレにでも行ってるんだろうとか、気楽なことを言う人間の顔にも緊張が浮かんでいる。
この状況で油断するわけがないからね。
すぐに非常点呼がおこなわれる。
結果、すでに四名ほどが姿を消していることが判った。
かなりまずい状態である。
「お嬢様。囲まれています」
緊張した面持ちで、フリックが私の耳元にささやいた。
軽く頷く。
いま、一番まずいのはパニックになること。
私はメイファスを手招きし、三人で背中を守り合う。
隊伍って本当は五人くらいで組んだ方が良いらしいんだけど、聖女セクションは私たち三人しかいないから仕方ないね。
そして私たちを取り囲むように、騎士と志願兵たちがフォーメーションを組む。
何度も練習してきたことだ。
魔の森に入ったら、私たちは招かれざる客。
人間の領域とは立場が逆転するのである。いつ襲われても不思議じゃない。
ただ、初日から夜襲があるとは思わなかったけどね。
懐深く引き込んでから仕掛けてくるだろうってアイザックも予想していたし。
「結局、人間の予測なんて、事実によって簡単にひっくり返されるってことよね」
私はくすりと微笑した。
「笑ってる場合なんですかねぇ」
「ユイナってちょっとおかしいから」
「たしかに」
「ちょっとあんたたち。聞こえてるわよ」
私たちの漫才が聞こえたのが、周囲の人たちに笑いの波動が広がっていく。
緊張をほぐす手助けになってくれれば幸いだよ。ちくしょー。
ざわざわと梢が鳴き、ついに敵が姿を現す。
信じられないことに人型だ。
いや、もしかしたら違いはあるのかもしれないけれど、一番遠いところにいる私には、普通に人間にしかみえない。
「魔物……なんだよね」
「おそらく。人間に変身しているのかと」
私のつぶやきにフリックが応える。
自信なさげなのは、確証がないからだろう。
「いち早く防御陣を構築したか。なかなかやるな」
赤い髪の男性が笑った。
いやいや。普通に喋ってるよ。公用語だよ。どうなってんだよ。
魔物が喋るなんて初めて知った。
喋るってことは話し合いも可能なんじゃ……、と思いかけて私は首を振る。人間同士ですらしばしば戦争が起こるのに、魔物と解り合えるはずがない。
いや、もしかしたら可能なのかもしれないけれど、何十年何百年っていう時間が必要になるだろう。相互理解のために。
「密かに囲む、なんて芸当を成し遂げるような手合いに褒められても、イヤミとしか思えないな」
だから、アイザックの言葉は相手を理解するための会話ではなく、戦術能力を測るための駆け引きだ。
「回りくどいことをせずとも語ってやろう。我は紅の猛将ガラゴス。魔王アァルトゥイエ様を支える四魔将が一人よ」
おおう。
訊いてもいないことまでペラペラと。
魔王の名前はアァルトゥイエっていうとか、将って位の人が四人いるとか。
そもそも、魔王ザカリアじゃないってことは、復活したんじゃなくて新たに生まれたってことだよね。
ようするに、ガラゴスのたった一言から、いろんなことが判ったってこと。
こいつはよほど口が軽いのか、それともなにか思惑があるのか。
前者はないよね。
考えなしに機密を明かしちゃうようなのが将軍になれるわけがない。
「この先にあるのは次元門。我らがこの世界に降り立つために必要な装置だ。それを破壊すれば、これ以上我らが増えることはない」
「……なぜそこまで語る?」
「魔王様の御意よ。すでに我を除く三軍団は各方面に進発した。二ヶ月のうちには人間たちの国は戦火に包まれよう」
「…………」
「それを防ぎたくば、我らを倒し、次元門を破壊し、城におわす魔王様を倒さなくてはならぬ」
歌うように告げるガラゴス。
人間たちの勝利条件はそれだ、と。
いらっとした。
なんなんだこいつ。盤上遊戯でもしているつもりなのか?
ふざけんなよ?
こちとら、もう死人が出てんだよ。
遊びじゃないんだ。
文句を言ってやろうと足を踏み出した私を、メイファスが左手で押しとどめた。
「ここは任せて」と。
「紅のガラゴスだっけ? まるでゲームでもしてるみたいじゃない?」
胸を反らし、下目づかいに睨めつける。
いやいや。
あんた聖女なんだから、そんな蓮っ葉な態度はだめじゃん。
「なんだ小娘」
鼻で笑うガラゴス。
メイファスの迫力なんかには、一ミリもびびってない。
ですよねー
仮にも四魔将のひとりだもんねー
「我らが勝てば世界は破壊される。汝らが勝てば世界は存続する。そういう遊戯よ」
「ホーリーサンダー」
冷たい瞳のままでメイファスが呟けば、次の瞬間には天から飛来した聖なる雷がガラゴスを消し炭に変えた。
断末魔を残すこともなく。
何の盛り上がりもなく。
「ええぇぇぇ……」
もうちょっとなんかあるじゃん。
四天王っぽいやつを一瞬で倒しちゃうとか、微妙すぎるじゃん。
「ここは天国じゃない。理想郷でも楽園でもない。実の母親に春を売らされるような、ひっどい世界だよ。けどね」
いちどメイファスは言葉を切る。
「けど、だからこそゲームだなんて絶対に言わせないから」
双眸にともる青い炎。
それは、過酷な現実を生きてきたからこその怒りだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます