第25話 ニセモノの勇者
「エターナルスリップ!」
咄嗟に使っちゃった。
だって、防御も回避もできるようなスピードじゃなかったし。
大地を蹴る足がつるんと滑り、ぎょっとして踏ん張ろうとした足もつるんと滑り、なすすべもなく顔面から地面にダイブする魔王。
「へぶ!?」
たぶんダメージはゼロだと思うけど。
「ぐ、なんだこれは!?」
大地の上で魔王が藻掻く。
両足の靴の裏にエターナルスリップがかかっているせいで、立ち上がることができないのだ。
「……うん。意味が判らないよね」
それをメイファスが同情の目で見ている。
なんであんたは魔王に同情してんだよ。
さっさと攻撃しなさいって。
なんかわかんないけどチャンスっぽいんだから。
「メイ!」
「わかってる! ホーリーサンダー!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
聖なる雷が降り注ぎ、魔王が絶叫をあげる。
けど、ガラゴスみたいに消滅はしない。
雷光が消えても、まだまだ健在だった。
まあ、それなりにダメージは受けてるだろうけど。
「小娘……」
あれ?
なんか私を睨んでるぞ。
「俺に人間の魔法が通じないと知って、靴に魔法をかけたか……」
靴を脱ぎ捨て、裸足で立ち上がる魔王。
え? そうなん?
私たちの魔法って魔王には通用しないの?
初耳なんだけど。
けど、良いこときいた。
魔王本体に私たちの魔法は通じない。だからこそ聖女なり勇者なりが存在するってことなんだね。
「エターナルスリップ!」
「俺に魔法はぐわっ!?」
ふたたびすてーんと魔王が転んじゃった。
「ホーリーサンダー!」
「あがぁぁぁぁぁぁっ!」
すかさずメイファスの雷が降り注ぐ。
絶妙なコンビプレイだ。
ようするに魔王に魔法が効かないなら、べつのものにかければ良いだけ。
この場合は地面ね。
なにも馬鹿正直に相手を狙うことだけが攻撃じゃないんだよ。
「く! この!」
魔王の身体がふわりと浮き上がる。
飛行魔法か。
「ふざけるなよ……きさまら……」
怒ってる怒ってる。
「このアァルトゥイエをここまでコケにしやがって……」
「あ、そういう名前なんだ」
わざとらしく呟いた私の声が聞こえたのか、魔王のこめかみに青筋が立った。
怒ってる怒ってる。
この程度の煽りで怒るなんて、気が短い魔王だなぁ。
「ユイナって、人を怒らせる天才だよね」
「ええ。すごいですよお嬢様は。社交界の貴婦人たちを、ことごとく敵に回してましたから」
「うっわ」
「天然の毒舌で」
「うっわ」
こらそこ! 聞こえてんぞ。
ケンカなら買うぞこんちくしょう。
とはいえ、空を飛ばれるとエターナルスリップは使いづらいな。
「ラクに死ねると思うなよ!」
ぎゅんと加速して斬りかかってくる。
ピンポイントに私狙いかよ!
でも、そういうことなら!
「
「これ……は……ぐあああああ!?」
魔王の身体にぼわっと火がついた。
じつはこれも摩擦力に干渉した魔法だ。エターナルスリップは摩擦力を極端に下げる魔法で、ファイアーダンスは反対に極端に上げる魔法である。
んっと、マッチを想像してもらうと判りやすいかな。
あれは先端の着火剤に摩擦で火をつけてるんだ。
で、べつに着火剤でなくても着火することはするのよ。摩擦熱ってけっこう高いからね。
ただ、ここまで景気よく火がついたのは、魔王の突進力がそれだけすごかったってことなんだけどね。
「ホーリーサンダー!」
そして、本日三度目の雷が魔王に降り注いだ。
「……てめえら……」
けっこうぼろぼろになりながら、ふたたび魔王が浮き上がった。
いま彼がいる場所にエターナルスリップはかかってないんだけど、よほど警戒しているようである。
「ホーリーサンダーじゃあ、やっぱり決め手にはならないみたい」
そしてメイファスも悔しそうだ。
仕方ないんだけどね。聖女の真骨頂は攻撃じゃないから。
とはいえ、四魔将だか四天王だかを一撃で倒すホーリーサンダーを三発も喰らって、まだ消滅しない魔王もタフすぎる。
「直接攻撃で神の力をたたき込まないと」
「無茶いいなさんな」
思わず突っ込んじゃう。
魔王と接近戦なんて誰ができるって話だよ。
距離をおいて戦っていても綱渡りなのに。
「仕方ありません。僕がやりますよ」
ため息とともにフリックが申し出る。
「ちょ!?」
「アイザック卿もブライン卿も手一杯ですしね」
反論しかける私に右手を挙げて制する。本当に仕方なさそうな笑顔を浮かべて。
あー、ダメだ。
この笑みのときは、もう決心固めちゃってるんだよね。
「ただ、僕の剣で魔王にダメージを与えられるとは思えませんが」
「大丈夫」
そう言ったメイファスが、ぎゅっとフリックに抱きついた。
うぉい!
このクソアマ、なにすんねん!
「大切な人を守る力を、あなたに」
フリックの両手に光が収束し、剣の形になった。
普段から使っている二振りのショートソードのように。
「それは守りの剣。フリックさんの力はいつだってユイナを守るためだから、現れるのは、邪悪を打ち倒す勇者の剣じゃないだろうって、なんとなく思ってた」
くすりとメイファスが笑った。
「……そうですね。魔王を倒す勇者より、僕はお嬢様の
はにかんだような笑いのフリックである。
「愛ゆえに、だね」
メイファスの言葉には応えず、フリックは駆け出す。
一直線に、魔王へ向かって。
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