閑話 ニセモノの魔王


 一直線に駆けるフリック。

 余裕を持って迎撃しようとした魔王だったが、意外な速度に表情が変わる。

 キン、と、かろうじて振り上げた闇の剣が、光の短剣を弾いた。


「小僧……!」

「言ってから突進しなさいよ!」


 二つの声が同時にあがる。

 後者はユイナールからの苦情だ。


「お嬢様なら、言わずとも判ると思っておりました」

「勝手なことを!」


 しれっと答えるフリックに対し、ユイナールは必死の表情だ。


 なにしろ左手で摩擦力を操り、フリックのブーツががっちりと地面をグリップして瞬発力を最大限に発揮できるようにしつつ、右手から放出する魔力で空気抵抗を操作して、風のように軽やかな動きを実現しているのである。


 使う魔法は同じでも、正反対のことを同時にやっているのだ。


「やるな! 小僧!」

「まあ、頑張るしかないんですよ。どうしても守らないといけない女性ひとがいるもので」


 繰り出される剣を、まるで軽業師のように回避してフリックが嘯く。

 魔王と互角に斬り合っているかのように見えるが、ユイナールの魔法支援があってギリギリだ。


「女を背にして強くなるか。どこのサーガだ」

「お嬢様には内緒にしてくださいね」


 互いの息が顔にかかるほどの鍔迫り合い。


 膂力では魔王が遙かに勝るものの、フリックは二刀を持っている。

 力任せの戦いでは思わぬ隙を突かれてしまうのだ。


 まして現在のフリックの速度は魔王をしのいでいるのだから。


「く」


 フリックの手数の多さに辟易し、いったん仕切り直そうと魔王が後ろに跳ぶ。

 もちろん誘いも兼ねて。


 調子に乗ってフリックが追撃した場合、最もスピードの乗る一撃は魔王の数センチ前で止まってしまう。

 それが判るから、フリックは踏み込めない。


「ホーリーサンダー!」

「ぐあああああっ!?」


 しかし着地点に聖なる雷が降ってきた。

 もちろん聖女メイファスの仕業である。


 魔王が距離を取るのを待って、狙い澄ました一撃。

 なんとこの聖女、男が一騎打ちしているのを歯牙にもかけず攻撃を繰り出した。


 騎士道とか男の矜持とか、全無視である。

 どうして一騎打ちの際に手助けをしてはいけないのかといえば、「お前は一人であいつに勝てないんだから、自分が手伝ってやる」と言っているようなものだからだ。


 それはもう、一騎打ちとはいえない。


「でも、僕は騎士でもなんでもありませんから」


 この機を逃さず最接近したフリックが右手の剣で斬り下げる。


「どこまでも常識外れな戦い方を!」


 魔王もまた右手の長剣で斬り上げた。

 互いに弾かれる。


 結果は同じだが、違う点が一つある。

 フリックは左手にも剣を持っているのだ。


「お嬢様!」

「ああもう! そんなに細かくコントロールできないって!」


 むっきー、と怒りながら、ユイナールの両手が動く。

 まるで鍵盤の上を縦横に走り回るピアニストの指のように。


 弾かれたフリックの身体が空気によって柔らかく受け止められ、ふわりと体勢が整う。

 そして、左手の剣をかざしてふたたびの突撃。

 ありえない速度で、まるでコマのように回転しながら。


「なん……だと……?」


 ぎょっと目を剥いた魔王の首が、その表情のまま胴体から切り離される。


「このままで……」

「ホーリーサンダー!」


 なんらかの呪詛を残そうとしたのかもしれないが、その執念も及ばなかった。

 五度目の雷が降り注ぎ、魔王の頭と身体を黒い塵に変えていく。


 魔王消滅。

 それは同時に魔王軍の敗滅を意味した。


 頭を失い、動揺したモンスターたちが次々と討ち取られる。


 そして、ついに騎士団の猛者たちが次元門の破壊を始めた。

 つまり、もう邪魔するだけの戦力が魔王軍には残っていないということである。


「やったね。メイ」

「うん。完全勝利」


 ぱんとユイナールとメイファスがハイタッチを交わした。

 なんと、たった三人で魔王を倒してしまった。


 連携と機転を武器として。

 しかも無傷で。


「恐縮ですが。喜びが一段落したら、僕の治療をお願いしても良いですか? あちこち骨折しているみたいなんで」


 地面に座り込んだまま、フリックが申し訳なさそうな声をあげる。


 どうやら無傷ではなかった。

 もっとも、魔王に負わされた傷ではなく、ユイナールの魔法によって無茶苦茶な機動を強いられたことによるものだが。


 顔を見合わせ、ユイナールとメイファスが吹きだした。


 山々の稜線が明るさを増していく。

 長い夜が終わろうとしていた。







 ……戦場を遠望していたなにかが、ふいと踵を返す。


「聖女を倒してくれれば最高だったが、ニセモノの魔王ではこの程度か。まあ良い。種はまかれた」


 魔王軍のうち一軍は敗北したようだが、他の軍団は各地へと散った。

 どんどん次元門も解放されるだろう。


 そして、そこに聖女はいない。

 ここに釘付けになっているから。


「囮としては充分に役割を果たしてくれた。ご苦労だったな。ミスターリアルタイムアタック」


 薄く笑えば、その背に翼が現れる。

 まるで天使のような。

 しかし漆黒の。


 それは、伝承にある魔王ザガリアの姿に瓜二つだった。

 

 

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