第26話 他の敵はどうなったの?


「問題はここからだな」


 歩み寄ってきたアイザックが、地面にへたり込んだままのフリックの肩をぽんと叩いた。

 よくやったな、と。


 メイファスの奇跡で回復してもらったとはいえすぐには動けないフリックは、どうもと愛想なく応えたのみである。


「これから、ですか? アイザックさん」


 戦いは終わったと思うんだけど。

 魔王をやっつけたんだし。


「倒したのは魔王ザガリアではなかったのだろう? ユイナール嬢」


 小首をかしげる私に月影騎士団の団長は苦笑を浮かべた。


 あー。

 なんていったっけ、アァルトゥイエとか、そーゆーやつ。


 でも、彼が魔王で良いんじゃないのかな?

 それを倒すために聖女メイファスが登場したってことで。


「その情報は誰が教えてくれたんだ?」

「あ……」


 すべて魔王とその部下が語っていた。

 信憑性はゼロを通りこしてマイナスだろう。

 だって、私たちに本当のことを教える必要なんかまったくないんだから。



「でも、嘘をつく理由もなくない?」


 はっとして黙り込んだ私にメイファスが訊ねる。

 それもたしかにそう。


「ホントかウソか判らないってさ、メイ、ぜんぶウソってより性質が悪いわよ」

「なんで?」


 本当のことに混ぜられた嘘って、けっこう気づかないんだ。

 詐欺師がよく使う手口である。


「なので、彼らの発言はすべて嘘として考える。本当のことなど何一つ言っていない、と」


 きっぱりとアイザックが言った。


「もし本当のことを言っていたら?」

「それは偶然、たまたま事実と合致しただけだな。メイファス嬢」


 メイファスはなにか言いたげだったが、結局は何も言わずに口を閉ざした。

 うん。それで良い。


 スラム育ちのわりに、メイファスは他人を信じすぎるきらいがある。

 あるいは信じたい、という願望の現れかもしれないけど。

 その優しさって得がたいよなー。


 だからこそ彼女は聖女として神に選ばれたのかもしれない。

 でも、今回は人じゃなくて魔王軍が相手だからね。信じるのは危険度が高すぎる。


「すべて嘘だとしたらどうなるんです?」

「事実だけを見れば良い。魔王と名乗るものによって我々は足止めされた、とな」


「え……?」

「足止めがおこなわれたということは必ず別働隊がいる」


 アイザックの言葉が不吉な彗星みたいに尾を引いた。






 魔王の配下には四天王みたいなやつらがいて、それぞれが一軍を率いているときいた。

 けど、考えてみたらそれを信用する根拠がない。


 ガラゴスとかいうやつが言ってただけだもん。

 もしかしたらもっと軍団は多いかもしれないし、少ないかもしれない。

 一つは絶対にあるだろうってのがアイザックの予測だ。


「三から八の間だと僕は読むけどね」

「ずいぶん幅がありますね。ブラインさん」


 副団長のブラインは参謀みたいな役割を兼ねている。知恵者ってより悪戯小僧みたいな印象なのは、本人がその知謀を悪戯にばっかり使うせいだ。


「理想は八方向へ同時に進軍することなんだ。人間の軍隊がやったら愚の骨頂だけどね」


 くすくす笑っている。

 魔王軍に味方する国なんかないから、多正面作戦でまったく構わないんだってさ。


 私にはよくわからないんだけど、人間同士の戦争では腹背に敵を作らないってのが基本中の基本らしい。

 戦う相手は常に一つに絞るってのが大事なんだそうだ。


 考えてみたら、誰かと戦ってるときに後ろからいきなり殴られたらびっくりしちゃうもんね。


「なんであたしを見るのさ」

「いやべつに……」


 魔王アァルトゥイエとフリックが一騎打ちしていたとき、メイファスがいきなり魔王に攻撃魔法をたたき込んだよなー、と思い出しただけ。

 ああいうのは戦争でやられたら、たしかにしんどい。


「だから、同時多発的にあちこちに攻めかかった方が魔王軍は有利なんだ。どうせ人間の国家なんて、簡単に連携はとれないしね」


 ふふんとブラインが鼻で笑う。


 強大な魔王と戦うため人類すべてが結束しよう、と、お題目を掲げたところで団結はできないだろう。

 それができるのは、たぶんぎりぎりまで追い詰められて、もう本当に後がないって状況になってからだ。


 や、それでも難しいかな?

 主導権争いとかしそう。


「でもブライン? そんな風にあちこち攻めたら、味方が少なくなっちゃわない? あたしだったら全員で押し込むけど」

「こっちはまとまって行動し、バラバラな敵をひとつひとつ潰していく。たしかにそれは戦略の基本だよ。よくご存じだね。聖女メイファス」


 意外と博識だ。

 私、戦略とか戦術とかぜんぜん判らないよ。


「スラムではそうやって喧嘩するから。ばらけてるやつからやられるんだ」


 うん。

 感心した私がバカだった。

 チンピラ同士の抗争じゃねーか。


「素晴らしいね。軍略なんか習ったこともない連中が、兵法と合致した行動をとっている」


 ブラインがひとしきり笑った後、表情を改める。


「でも敵はこの場合モンスターだからね。しかも上位のやつばっかり。数が少なくても人間の軍隊とは比較にならない戦闘力があるよ」

「そうだった。月影騎士団と志願兵たちが頭おかしいだけだった」


 頷くメイファス。


 頭おかしいいうなや。

 後者はみんなアンタを崇拝してる信者じゃん。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る