第36話 進発


 まずいことになったよ。

 パコルデの街が陥落しちゃったらしい。


 なんとか逃げ出した人が報告してくれたんだって。

 そのために烽火台があちこちに設置されていて、目視で敵襲とかが判るようになっているんだけど、狼煙をあげる余裕すらもなかったのだろう。


 最悪である。


 パコルデの狼煙があがらないから、第二烽火台も第三烽火台も狼煙をあげない。

 独自の判断であげるのはまずい、と考えちゃったんだろうね。

 結果としてどんどん報告が遅れていき、イングウェイに第一報が届いたのは、陥落から六日後のことだった。


 具体的には、逃げ出した人が到着する一日前ね。


 ハルセム左大臣と国王陛下は、まあ激怒したらしいよ。

 それぞれの烽火台の責任者に対して。


 徒歩の旅人と同じ速度だったら、狼煙の意味がないだろうってね。

 ミネトンが英断の王と呼ばれたのは、時間を稼いで勝機を作ったから。なのに今回、人間たちの方が連携の悪さで時間を稼がれてしまった。


 しかも、それと前後して各地でモンスターの襲撃が頻発しているらしいんだ。


「つまりこれは、ゲートが開放されたってことですよね。ブラインさん」


 パコルデ奪還の出撃準備をしながら、私は月影騎士団の副団長に尋ねる。


「だろうね。たぶんこれが本命で、聖都に向かう途中に出会ったのは囮かな? となると、本気で敵の軍団数は五つ以上ありそうだね」


 肩をすくめるブライン。

 聖都に戻って判ったんだけど、この人ってものすごい知謀の持ち主で名軍師なんて呼ばれてたんだってさ。


 正義感が強くて上に疎まれたってのは他の騎士たちと同じなんだけど、ブラインの場合はいつもの悪戯で散々にやりこめちゃったらしい。

 場面が目に浮かぶようだね。


「我々が倒した四魔将はふたり。残りは二人ではないということだな?」

「うん。本命が一つ。他が四から五ってところじゃないかと読むよ。団長」


「半分も倒してないのか……」

「付け加えるなら、倒した連中の仕事はゲートの開放で、侵攻部隊じゃないと思うよ」


 両手を広げてみせる。

 あの戦闘力で侵攻部隊じゃないとか、本気で嫌すぎる。


 こっちはメイファスのホーリーサンダーがあるから余裕で勝ててるけど、普通の軍隊だったら負けちゃうじゃん。

 事実として、ルマイト王国の人々は大苦戦してたし。


「我々としてはどうするべきだと思う? ゲートを開放している連中を叩くか、それとも当初の予定通りパコルデを奪還するか」

「進むも地獄、退くも地獄の選択なんだよね、それって」


 アイザックの問いにブラインがむーんと腕を組む。

 ゲートを開放してるやつらを野放しにすると、敵は際限なく増えてしまう。だからこっちから先に潰すというのも手ではあるらしい。


 ただ、敵の位置が判らないのと、おそらくは常に移動しているってのがネックなんだって。

 捕捉そのものが難しい上に、追いかけているうちにイングウェイから遠く離れてしまう可能性もある。


 そのときパコルデから魔王軍が押し出してきたら、月影騎士団が不在の状態で戦端を開かないといけない。

 これはいかにも厳しいよね。


 一方、パコルデの奪還はそもそも難易度が高い。


 城市だもの。

 そもそも、守りやすく攻めがたいように作られてる。

 そこに魔王軍が居座ってるんだから、厄介さもひとしおだ。


 けど、もしかしたら生き残ってる住民がいるかもしれないわけで、その人たちを見捨てていいって話にはならないんだよね。


「それにまあ、いきなり主力を叩くってのは戦術の基本とも合致はするんだ」


 説明を終えて、ふーとブラインが息を吐いた。

 うーむー。

 どっちもデメリットの方がでっかいなぁ


 にもかかわらず、どっちかを選ばないといけないのかー。


「六日も時間を空費してしまったのが、どこまでも響いてくるね。これは」


 ダンブリンが美髭を撫でつつ言った。

 本当、時間って大事だよなぁ。





 結局、当初の予定通りパコルデを奪還するという方針になった。


 理由はいっぱいあるけど、軍港のあるパコルデが魔王軍に掌握されたままってのが、あまりにもまずいから。

 それに、可能性は低いけど生きている人がいるなら助けないといけない。


 これは絶対条件だ。

 この人たちは、けっして民草を見捨てないからね。


「進発する」


 アイザックの号令一下、新生月影騎士団が駆け足を始めた。

 総勢六十二名。


 その後ろにフリックと私とメイファスが乗った馬車が位置取り、さらに食料や軍需物資を積み込んだ二頭立て馬車が六両の輸送隊が続く。


 物資の護衛はつけない。

 足手まといになるだけなので。

 襲われたら荷物を置いて逃げろ、と、輸送隊の面々には言い含めてある。


 魔王軍主力との戦いである。

 輸送隊の人たちを守りながら、なんていう器用な真似はできない。

 防御のことなど考えずに、ひたすら攻撃あるのみだ。


「そして結局、みんなフットナイトのままなんだよね」

「なんですか? それ」


 私のつぶやきに手綱を操るフリックが首をかしげる。


「徒歩の騎士だから、フットナイト」

「また適当な言葉を作って。永遠の滑りエターナルスリップのときだって、魔術協会のお歴々に呆れた顔をされたというのに」


 まったく反省していませんね、と、ため息をつかれた。


 いやいや。良い名前じゃん。

 インパクトばっちりじゃん。


「魔法を使えない僕ですら、もしかしてお嬢様は魔法を一発芸かなにかだと思っているのではないかと心配になることがありますよ」


 やれやれと、手綱を持ったまま器用に肩をすくめるのだった。


 ん。

 こういういつものスタンスが心地良いね。

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