第37話 奪還作戦開始


 パコルデを目指して西進すること五日。

 健脚揃いの月影騎士団は、ついに街壁を遠望できるところまでやってきた。

 途中、二回ほど夜を徹して歩いたおかげで、二日間の時間短縮である。


 そして正面、パコルデの街門前に布陣する魔王軍も確認できた。

 ざっと百くらい。

 牛頭と馬頭が半々ってところかな。


「むしろ、地獄の獄卒なんていわれてる魔人が、なんでこんなにたくさんいるんだって話なんだけど」

「いまさらですよ、お嬢様。魔王軍あいつらにはもう常識もへったくれもないでしょう」


 私がおおげさに嘆くと、フリックが半笑いで応えた。


 それにしても、パコルデは魔人百体に襲われたのか。

 住民は駄目かもしれないなぁ。

 内心を口にも表情にも出さなかったが、私は小さく息を吐いた。


 魔人の強さは、オーガーなんかとは比較にならない。

 ていうか、そもそも人間が勝てるような相手じゃないんだ。

 うちの頭おかしい騎士たちは別にしてね。


 そんなのが街の中に流れ込んできたら、生き残りは一人もいない可能性まである。

 考えたくないことだけどね。

 どこか、地下とかに隠れていてくれれば良いなぁ。


「外に出てるってことは、街を捨てたってこと?」


 幌の中から顔を出してメイファスが訊ねた。


「いいえ、メイファス嬢。モンスターは籠城戦を得意としていないというだけの話です」


 フリックが応える。

 従者って立場だけど、彼は一通りの軍事的に教育も受けてるからね。むしろ受けてない教育って魔法とかに関するものくらいじゃないかな。


 四歳の時から、私が聖女としてデビューするまでの十二年間、ずっと聖女の右腕となるべく鍛えられてきた。

 私たちニセ聖女は殺せば死んじゃうからね。そういう状況を作らないために、従者が上手く立ち回って、危険そうな場所を巡察しないようにしたりするんだ。


 で、そういう判断をするためには知識が必要だから。


「あたしたちみたいな、まちなかで物陰に一人ずつ引っ張り込んで殺すってやり方じゃないんだね」


 ふーむと唇に手を当ててしきりにメイファスが頷く。

 サツバツ!


 あんたの戦い方は、どこまでも殺伐としすぎてびっくりだよ。

 チンピラじゃねえかよ。本当に聖女なのかよ。


「そういう知恵の回るモンスターは、比較的弱い連中ですね」


 フリックは苦笑だ。

 ゴブリンとかは徒党を組むし、小賢しい作戦行動を取ることもある。

 お粗末なものが多いけどね。


「奇襲でも、囮作戦でも、伏兵でも良いですが、圧倒的に強いならやる必要ないんですよ」


 弱いから、ちよっとでも勝算を高めるためにやるんだってさ。


 で、魔人クラスなんてものすごい強いもん。

 区々たる作戦なんか必要なくて、ただ前進して蛮刀や蛇矛を振るえば良い。それだけで人間の軍勢なんて簡単に打ち払える。





 パコルデの東側。

 オウン平野と呼ばれるだだっ広い平原で、月影騎士団六十二名と魔王軍百体がにらみ合った。


 常は農作がおこなわれる肥沃な土地なんだけど、すっかりモンスターどもに踏み荒らされてしまっている。

 まったくなー。

 もう少しで収穫の時期だったのに。


 月影騎士団は三角形の陣形で、私たちの馬車が真ん中に入っている。

 対する魔王軍は一列に並んでるだけ。工夫もなにもない横列陣だ。

 これもまた戦闘力に絶対の自信があるからってことらしい。


「ではユイナール嬢、メイファス嬢、手はず通りに」

「はい」

「わかったよ」


 近づいてきたアイザックに、私とメイファスが頷く。

 ふたりともやや緊張した表情なのは、初めての大会戦だから。


 いままでは、とにかく勢いでがーって始まっちゃった感じだから、緊張もなにもなかったんだよね。

 今回みたいに布陣から始まる戦いは、なんか胃袋をぎゅっと鷲づかみにされる緊迫感がある。


「全軍突撃!」


 号令一下、六十二名と一両が猛然と駆けはじめた。


 中央突破を図っている。

 敵の目には、というか誰の目にもそう見えるだろう。


 魔王軍もまた前進する。

 ぐるりと私たちを包み込むように。


 舐めきった動きだ。

 突破などできるわけがないとたかをくくっているんだろう。


「けど、できちゃうんだなー! エターナルスリップ!」


 私が魔術師の杖をかざせば、正面に立ちはだかっていた牛頭と馬頭が数体、見事に転倒した。

 すってーんって勢いで。


 笑っちゃうようなシーンだけど、戦場のど真ん中でやったら笑いごとでは済まない。

 すかさず親衛隊が駆け込み、魔人の心臓に槍を突き立てた。


 転んで腰や頭を強打し、まともに立てない状態である。防御もできずに次々と屠られていく。

 魔人だろうが魔獣だろうが猛獣だろうが人間だろうが、心臓を貫いたら死ぬ。それで死なないのは生物ではなくアンデッドのたぐいだろう。


 瞬く間に魔王軍は、全軍の一割近い数を失った。


 そして騎士団は右へと転進し、なにが起こったか判らずに呆然とする牛頭と馬頭に襲いかかった。

 といっても、こちらもまともな戦闘にはならない。


「ホーリーサンダー!」


 メイファスが聖女の杖を振り上げ、天空から降り注いだ聖なる雷が魔人どもを一打ちしたから。


 直撃を受けた連中は一瞬で消し炭と化し、外縁部の連中も痺れて痙攣している。

 そこにまた親衛隊が駆け込み、以下略。


「おっかしいな! 魔族どもと戦うっていうから、みんな覚悟して参戦したんだけどな!」


 馬車の左側から呵々大笑が聞こえた。

 作戦に加わっている冒険者たちのリーダー格で、ランブルって人だ。


 燃えさかる炎みたいな真っ赤な髪と、鷹みたいに鋭い青い目を持った剣士である。

 すっごい美男子で、うちのフリックとアイザックとダンブリンと並べて舞台に立たせたら、若い女性たちがきゃーきゃー喜びそう。


「てめえら! 民間人あがりに遅れんじゃねえぞ!」


 一声叫ぶと、勇躍して戦場に飛び込んでいく。

 元気だなー。


 でもまだ勝ったわけじゃないよ。

 敵は七割以上も残ってるし、こいつらは逃げないからね。


 

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