第30話 一瞬の邂逅
アイザックの号令で、隊列がすこしスピードアップする。
全力疾走じゃないのは、現着したと同時に戦わないといけない可能性があるからだ。
こんな場所で人間の軍隊同士が戦争をするわけがない。
領土をよこせといわれたら、どうぞどうぞと喜んで差し出しちゃうような場所だもの。
となれば、魔王軍と人間が戦ってるって目算が高いわけで、人類の盾である月影騎士団が座視できる事態じゃない。
なるべく急いで駆けつける必要がある。
「状況を目視で確認! 魔王軍約二百とルマイト王国軍約百五十が戦闘中とみとむ!!」
やがて斥候役の親衛隊が大声で報告した。
ていうかメイファス親衛隊の練度もすごいことになってるなぁ。
並の兵士より戦えて偵察なんかもこなせて正確な判断もできる。
信じられるか? こいつら数ヶ月前までただの一般人だったんだよ?
「全軍戦闘態勢! 突っ込むぞ!」
『応!!』
先頭を駆ける騎士はジルベスとノルド。
一気に加速して戦域に迫る。
私の見るところルマイトの騎士たちもけっこう強い。オーガーチャンプなんかとも互角に戦ってるみたいだ。
とくに黒髪の剣士がすごい。
ガラゴスみたいな魔人をたった一人で相手にしてる。
「つよ……」
「けど、厳しいですね」
私のつぶやきにフリックが応えた。
互角以上に見えるんだけどね。
視線で問いかける。
「僕のみるところ、あの剣士は魔人を三回は殺しています。にもかかわらず、魔人にダメージが蓄積しているような素振りもありません」
「つまり……」
「効いてないってことです」
えー、反則じゃん。
魔人には、普通の攻撃が効かないってことか。
そういえばニセ魔王も似たようなことを言ってたような……。
「だからあたしがいるんだよ!」
高らかに宣言したメイファスがすっくと御者台に立った。
「ちょ!? 危ないってメイ!」
私は慌てて足を支える。
早足で駆けている二頭立て馬車は、そりゃもうすごい揺れてるのだ。
フリックは、もはや一言も発せずに手綱に集中している。
車輪が石に乗ったくらいでもどーんと跳ねちゃうからね。
そしたらメイの小さな身体なんて、ぴゅーんってどっかに吹っ飛んでいってしまうもの。
「ホーリーサンダー!」
びしっと魔人を指させば天空から雷が降り注ぎ、魔人を消し炭にした。
一撃である。
盛り上がりも筋道も一切なく、問答無用で。
魔王軍の動きが止まる。
ぽかーんと。
うん。
そりゃそうだよね。
いきなり頭を潰されたら、そりゃどうしたら良いか判らなくなるよね。
ちなみに魔王軍だけじゃなくて、ルマイト軍の人たちもぽかーんとしちゃった。
えー、なにそれー、って言ってる声まで聞こえてきそう。
気持ちわかります。
そこに、まったく空気を読まない月影騎士団の面々が躍り込んだ。
反対に馬車はやや速度を落とす。
ここから先は戦士たちの領分だ。
ジルベスの剛剣がオーガーチャンプを上下二つにぶった斬り、ノルドの剛槍がキングケンタウロスの馬部分を突き刺して反対側に突き抜ける。
相変わらず、常識ってモノを酒場のすみにでも置き忘れてきてしまったような戦闘力だ。
一拍の時差をおいて、他の騎士と親衛隊が突入する。
そこから先は、戦闘なんて呼べるようなものじゃなかった。
ただの害虫駆除である。
おっかしいねー?
オーガーチャンプとかキングケンタウロスとか、そういう存在じゃないんだけどねー。
討伐のために国が軍を動かすようなレベルなんだけどなー。
「まあ、チャンプやキングが何匹もいる時点で魔王軍も頭おかしいんだけどね」
戦闘に参加せず、すすーっと馬車に近づいてきたブラインが頭おかしいことを言った。
そういう連中をバカバカ倒してる月影騎士団はもっと頭おかしいでしょうが。
「サボってて良いんですか? ブラインさん」
「護衛だよ。護衛」
「それは僕の仕事ですが……」
適当なことを言う副団長に、フリックが控えめな反論をする。
御者やってるけどね。任務的には私とメイファスを守っている従者だったりするのだ。
「じゃああれだ。ダンブリン卿を守るとか、そんな感じで」
「取って付けたかのように守られたくないな。私としては」
にょきっと顔を出すダンブリンだった。
一応この人、コロナドでいちばん偉い人です。
「冗談ですって。代官。もうすぐ戦闘も終わるだろうからユイナちゃんを呼びにきたんですよ」
「私? なんでです?」
首をかしげてしまう。
そりゃあ戦後交渉は必要だろうけど。
結果的に、他国の軍隊と共闘したわけだし。
でも、それこそダンブリンの仕事じゃないかな?
「普通に考えたらそうだろうけど、ことが魔王復活に繋がる話だからね。聖女の口から説明した方が良いかと思って」
たしかに。
そして本来ならそれは前聖女ではなく、現聖女のメイファスの仕事だろう。
とはいえ彼女に対外交渉をしろというのも無茶筋だ。いまはまだね。
「経験を積むためにやってみても良いんだろうけど」
「むりむりむりむり」
下からメイファスを見上げれば、良い感じに嫌がられちゃった。
つーか、いい加減に座りなさいって。
ずっと足を支えてるのも疲れるんだからさ。
「いまは私がやるけど、いずれはメイがやるんだからね?」
「うえぇぇぇ」
子供のように顔をしかめるメイファスに、やれやれと私は半笑いを浮かべた。
もうしばらくは子供でいさせてあげるよ。
じきに、いやでも聖女としての振る舞いを求められるようになるからね。
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