第44話 あらわれた魔王


 こうして、新生月影騎士団の陣容は大幅に強化された。

 騎士が十二名、親衛隊が三十名、冒険者が十五名、そして復讐者部隊リベンジャーズが二千百十二名である。


 最も数が多いリベンジャーズは、戦意はバカみたいに高いけど練度は低い。

 この数日、騎士たちがびしびし鍛えてなんとか形にはなってきたけど、オーガーチャンプとか戦えるかっていえば、かなり厳しい。


 ちゃんと領兵の正式装備を身につけてるから、猪鬼オークくらいが相手なら一対一でも互角以上に戦えると思うけどね。

 あ、フリックも良い感じのショートソードがあったみたい。


「まさが僕がマジックアイテムを持つ日がくるとは思いませんでした」


 と、感慨深げだった。


 まあ彼の場合はあくまでも従者って立ち位置を崩さないからね。ものすごく良い武器を手に入れようとかしないんだよなー。


 たまには街に買い物にいけばいいのにね。

 聖都イングウェイは世界に冠たる大都会で、武器の品揃えだってすごく良いんだから。


 ともあれ、リベンジャーズの訓練や迎撃計画の立案、聖都からの補給物資の受け取りなんかで、日々は忙しく過ぎていった。

 そして、パコルデ奪還から十二日目。


「南東より接近する敵影発見! 数およそ一千!」


 払暁、半鐘がけたたましく叩かれ、物見櫓から大声が響く。

 ついに魔王軍が姿を現したのだ。


「全軍出陣。当初計画に従って布陣せよ」


 アイザックの指示は淡々としていて、まるで勝利が既定の事実であるかのように感じられる。

 もちろんそんなことはまったくないんだけど、そういう安心感のある声なのだ。

 私もかくありたい。


「いくよ。メイ」

「うん!」


 魔術師の杖と聖女の錫杖が、高々と掲げられる。

 二人の杖の先から放たれる光が、闇を追い払っていく。


「戦士たちよ!」

「世界の興廃はかかってこの一戦にあります!」


「必ず勝って!」

「平和を取り戻しましょう!!」


 メイファスと私が交互に声を張り上げた。


「「聖女様の御心のままに!!!」」


 戦士たちが唱和する。






 まず戦場に現れたのは一つ目巨人サイクロプスだ。

 それも三体。


 でけぇ……。

 身長なんか六メートルくらいもありそうだ。手に持ってるぶっとい棍棒でぶっ叩かれたら、人間なんかアリンコみたいにべちゃって潰されそうだよ。


 あんなのが最前線で暴れたら、陣形もへったくれもないだろう。


 両軍の距離が徐々に近づき、最前線のサイクロプスが吠え声をあげて駆けだした。


「エターナルスリップ!」


 その瞬間を狙って、私の魔法が発動する。

 突如としてバランスを崩した巨大な鬼が、立て直そうとしてさらにバランスを崩し、ひとりとんぼ返り蹴りサマーソルトキックを決めて背中から落ちる。


 ものすごい地響きを立てて。

 もうもうたる土煙。


 転倒に巻き込まれて、オーガーチャンプやシャドウソルジャーが何体か下敷きになった。


 よし!

 機先を制した。


「全軍突撃!」


 好機を逃さず、アイザックが指揮棒代わりの長剣を振り下ろす。

 騎士たちを先頭にして、新生月影騎士団が一斉に駆けだした。


 私はよく知らないんだけど、紡錘陣形っていう突破力に優れた陣形らしい。

 倒れてもがくサイクロプスたちの胸に槍を突き込み、慌てふためくラミアやミノタウルスの喉笛を切り裂いていく。


 まともに戦ったら大苦戦するような敵戦力だけど、魔王軍はそのまともって部分にたどりつけないまま、抵抗らしい抵抗もできずにうち減らされていった。




 本陣となっている馬車の近くで、私とメイファスは戦況を見守っている。


 二人を守ってくれているのは、フリックとランブル、そしてマクスとハンナだ。

 後ろ二人は前線に出たがっていたけど、私たちの周囲にはある程度強い人が必要になるのだ。


「おかしな技を使う女がいるという話を聞いたが、たしかにおかしいな」

「関係ない。葬ってしまえば同じことよ」


 なぜなら、主戦場を迂回して本陣を狙ってくる連中がいると予測されているから。


 私たちの前に現れたのは、黒ずくめの甲冑を着た男とやたらと露出度の高い服を着た女。


 雰囲気で判る。

 ガラゴスやアンディアのような幹部だ。


「でたわね四魔将。もう五人目だけど」


 びしっと杖を突きつけてやる。


「数など気にするな。ただの枕詞だ。我は黒騎士ディビス」

「魔剣士カラミティだ」

「死ぬまでの短い間だが」

「憶えておけ!」


 同時に踏み切り、一挙動で距離を詰める。

 フリックたちも防衛に動くが、相手が速すぎて間に合わない。

 取った、と、彼らは思っただろう。


「ホーリーサンダー!」


 天空から降り注いだ雷に一打ちされるまでは。


「ばかな……」

「聖女がこちらにいるとは……」


 信じられない、といった表情で、ディビスとカラミティは塵になり大気に溶けていった。

 本陣にいるのは魔法戦力。

 普通はそう考えるし、そうでないと意味がない。


 では聖女はどこに配置するのが常道か。

 当然、最前線である。


 傷ついた戦士たちを癒やすためにも、士気を高めるためにも、後方でふんぞり返っているというのはうまくないのだ。


 だから、その逆を突いてメイファスは本陣に配置された。

 敵の幹部級が襲ってくると最初から判っているポジションに。

 つまり私は、魔王軍の幹部を釣るための餌の役割だったわけだ。


「ブラインさんの言ったとおりになったね」

「敵が戦略的な発想をするなら、行動を読むことは難しくない。いやあ、じつは月影で一番恐ろしいのって、ブラインさんなんじゃね?」

「わかるわかる」


 大物を仕留め、私とメイファスは手のひらをぱぁんと打ち合わせた。


「なるほどな。端倪すべからざる軍師がいるというわけか」


 突如として声が響く。

 どこからか判らなくて、きょろきょろとする私たちだったが、いた。

 空に浮いていた。


 カラスのような漆黒の翼を持った男。

 漆黒の髪と、底知れぬ深淵を映し出す黒い瞳。


「魔王……ザガリア……」


 おとぎ話で聞かされるのとそっくりな姿に、私はかすれた声を絞り出した。

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