第43話 リベンジャーズ


「ちょっとメイ。関係ない人を連れてきちゃダメでしょ」


 青年の斜め後ろに立っていたメイファスに、私は視線を投げた。

 ていうか、青年だけじゃないのだ。

 彼の後ろにもずらーっと、ずらららーっと人が並んでいる。


「ユイナごめん。どうしても一緒に戦うって聞かなくて」


 説得したんだけど、と、申し訳なさそうなメイファスだ。


 先頭に立っているのはマクスといって、守備隊の一人だったという。

 彼は目の前で妹を馬頭に食われた。

 怒りにまかせて斬りかかったが、あえなく敗れ、生け捕りにされて監禁されていたらしい。


 後ろにいる人たちもだいたい似た境遇。


 幼い息子が生きたまま丸呑みにされるのを見せつけられたお母さんとか、自分をかばった友人が両手両足を千切られ芋虫みたいになって食われるのを見た学生とか。


 そういう人たちが二千人も、私たちの軍列に加えてくれと申し出たわけだ。


「二千の復讐者リベンジャーだな。だが、きみらの怒りも悲しみも魔王に届くとは限らないぞ」


 冷水をかけるようなアイザックの声が響く。

 新生月影騎士団の採用基準は非常に厳しい。

 腕自慢の冒険者や傭兵ですら、三十人に一人くらいしか合格しなかったって聞いてる。


 理由は簡単で、もう守りながら戦う余裕がないから。

 戦力にならない者を連れていくわけにはいかないのだ。


「梢からしたたり落ちる雨だれでも」

「ん?」

「いつしか巨岩に穴を穿ちます。俺たちの手が届かなくても、いつか誰かの手が魔王の首にかかります」


 決然とマクスが言い放つ。

 途中で倒れてもかまわない。徒死でもかまわない。


「普通の戦とは違う。次に控えるのは魔王軍の決戦だ。私はきみたちに死ねと命じなくてはならない。自らの命と引き換えに世界を守れと」


 アイザックの声は重い。

 そういう次元の戦いになるのだ。


 だから悪いことはいわない。聖都に退去せよ、と。

 しかしマクスは頑として首を縦に振らない。


「たしかに聖都に逃げれば安全でしょう。しかし、そうやって死なずに済むことだけ考えてなんになります?」


 母都市を失い、家族を失い、職場もなにもかも失った。

 それでも死なずに済むことだけ考えて、


「死んだように生きよと言うのですか? 騎士様」


 覚悟を決めた男の目だ。

 説得など受け付けないだろう。


 ニセ魔王と戦ったときも、アンディアと戦ったときも、フリックがこういう目をしていた。


「仕方がないよね。意地があるもんね。男の子には」


 私は肩をすくめ、説得は諦めたよって態度で示した。


「女の子にだってありますよ」


 そう言ったのはマクスの後ろにいた女の人。息子さんを殺されちゃったハンナさんだ。


「とはいえ、二千人分も武具はないよ。まさか徒手空拳まるごしで戦わせるわけにはいかないんだからさ」


 ブラインの言葉である。

 この人は復讐者たちリベンジャーズを軍列に加えることに最初から反対ではないっぽい。


 数は力って部分がたしかにあって、いまは本当に数がほしいときだからね。


「それなら問題ないさ」


 列の後ろから声が聞こえる。

 ごめんなさいよ。はいごめんなさいよってなんかやたら軽い声とともに、冒険者ランブルが指揮所に入ってきた。


 もうぎゅうぎゅうだよ。

 みんな自由に入りすぎじゃない?

 一応私たち幹部会議やってたんだけど?


「いま武器庫を確認してきたぜ。ダンナ」


 ひょいっと鍵束をアイザックに投げ渡す。


「二千でも四千でも行き渡るさ。あと、少しだけどマジックアイテムもあった」


 なんとこの男、パコルデ城の中を物色して歩いていたらしい。

 大丈夫かな。貴金属類とか盗んでないだろうな。


 ていうかその、すっごい高そうな金のネックレス、今朝していたっけ?

 あー、見てない。

 私はなんにも見てないぞ。


 領主もその家族もみんな殺されてるから、たぶん落ちてたやつを拾っただけだ。そうに違いない。


 ふうとアイザックがため息をついて首を振った。

 言いたいことはいろいろあるけど、いまは飲み込んだっぽいね。


「バシン。彼らを武器庫に連れて行って装備を調えてくれ」

「委細承知」


 エキゾチックな顔立ちの黒髪の騎士がマクスやハンナを引き連れて指揮所を出て行った。


「あとフリック。そなたもこい」

「え? いや僕は」

「武器を失ったばかりではないか。それで聖女様がたを守れるのか?」


 突然話を振られて狼狽するフリックをずるずる引きずって連れて行っちゃった。

 言われてみれば、アンディアとの戦いでショートソードを一振り壊しちゃったんだよね。

 新しいのを見繕わないといけない。


「ぼ、僕にはお嬢様の護衛が」

「この状況で誰に襲われるというのか。一から百まで世話を焼くのも良いが、まずそなたが聖女離れをせよ」

「なっ!」


 なんだか賑やかな声がどんどん遠ざかっていく。


 いやいやバシンさん、それは誤解ですよ。

 私、全然甘やかされてないもん。


 嫌いな食べ物を残したら怒られるし、寝坊したらずかずかと部屋に入ってきて揺り起こすし、遅くまで本を読んでいたら取り上げられるし。


 もっと甘やかされても良いと思うんですよ。

 そんなことを考えながらふとメイファスを見たら、にまにま笑っていた。


「なんで笑ってんの? メイ」

「尊いなーって」


「意味がわからん」

「大丈夫。あたしもわかってないから」


 不思議だ。大丈夫な要素がいっこも見つからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る