第42話 魔王軍はもう一度攻めてくるよ
救出した民たちは、メイファスが一人ずつ声をかけ、怪我をしている人を癒やしていく。
どうしてもっと早く助けにきてくれなかったのかと泣きついてくる人もいたけど、親衛隊のみんながなだめながら引き剥がす。
親や兄弟、子供を食べられちゃった人も多いから、そう言いたくなる気持ちは判る。
これはまあ、モンスターに襲われた町や村で幾度も見てきた光景だ。
そのとき私は声をかけ励ますくらいしかできなかったけど、メイファスはちゃんと癒やしてあげることができるからね。
救える人もずっと多い。
聖女としての力を失った(とされている)私は、騎士団と一緒にパコルデ城へと移動する。
救済の現場にいたら、どうして元聖女は力を使ってくれないのか、と非難されるのが目に見えているからね。
もちろん傷薬をつけたり包帯を巻いたり、気休め程度の回復魔法を使ったりはできるけどさ。
それをやったところで、得られるのは私の満足感だけなんだよね。
頑張った、力のない身でよくやった、と。
悲しいかな、それが現実だ。
いま求められているのは象徴としてのニセ聖女ではなく、本物の聖女の力だから。
それに、騎士団幹部と今後の話を詰めないといけないってのも、また事実だしね。
勝った勝った。やったやった。と、はしゃいでられるほど戦況は楽観的じゃない。
「それで、得体の知れた敵ってのはなんです? ブラインさん」
指揮所に腰を落ち着け、さっそく私は質問した。
さっきから気になっていたことである。
「モンスターがどうして怖いかっていえば、何をしてくるか判らないからさ」
席に着かず、ぐるりと街を一望できる窓際に立ったブラインが応えた。
パコルデ城はオルライト王国で唯一の星形城塞で、空から見ると星の形をしているのだそうだ。
どの方向から攻められても対応できる強固な城で、唯一の弱点は上空からの攻撃なんだってブラインがいっていた。
だからドラゴンを擁する魔王軍に敗北しちゃったんだろうって。
「たとえばさ、スラムのチンピラが怖い理由って、ニコニコ笑いながらしゃべっていたのに突然ナイフを突き立ててくるとか、そういうことをするからでしょ」
「そこまでエキセントリックな人は少ないと思いますけど、言いたいことは判ります」
ひどい例題に私は苦笑する。
メイファスには聴かせられないたとえじゃん。
ともあれ、チンピラが怖い理由ってそこに尽きる。
何をされるか判らないから。
でも、何をしてくるか判ってたら怖くもなんともない。手にでも足にでもエターナルスリップをかければいいだけだ。
得体が知れるってのはそういうこと。
「戦略的に動くなら次の手は読めるんだ。必要最低限の条件ってのがあって、それは絶対に満たそうとするからね」
「その条件ってのはなんです?」
「パコルデの再奪還さ。決まってるだろう」
「そんなに大事なんですか? ここ」
「大事だって、さっきから何回も言ってるのに……」
ちょっと悲しそうなブラインだった。
だって仕方ないじゃない。
私は軍略とか全然わかんないんだから。
魔王軍はもう一度攻めてくる。
「もう奇襲じゃない。判ってるんだから備えようはあるよね」
「時期と規模が確定できれば、なお良いな」
ブラインの言葉に、腕を組んだアイザックが要求した。
「時期は一ヶ月以内。十から二十日後あたりが危ないかな。規模としては、魔王軍が用意できる戦力すべてだろうね」
なかなか無茶ぶりっぽい質問なのに、さらっとかえってくる。
「そのこころは?」
「魔王軍はパコルデの価値を知っている。そして、それを最優先に奪還したことで、僕たちがパコルデの価値を正確に認識している、ということも知られたからさ」
小手先の戦力でちょいちょい、というわけにはいかなくなった。
となれば全軍を挙げて動くのは必然。
何度も何度もしつこく攻撃して陥落させるってのは、拠点として利用したいなら使えない手だからね。
一発勝負で決めたい。
そして、おそらくは聖女がいる新生月影騎士団のことも知られているだろうから、戦力の逐次投入もやってこない。
「それをする程度の敵なら、対応に腐心する必要もないしね」
「つまり魔王軍は決戦を挑んでくるということだな」
「そ。我々の選択肢はふたつ。籠城するかオウン平野に布陣するか」
「ふむ……」
籠城すれば、強固なパコルデ城に拠って戦うことになる。
負けがたい策ではあるが、街の損害も大きくなってしまうだろう。
正直、これ以上パコルデにダメージを与えるのは忍びないところだ。
「……野戦だな」
「団長ならそういうと思ったよ。敵は五百から一千、下はオーガーチャンプクラスで上は魔人クラスだろうね」
アイザックの言葉に反論することなく、ブラインは敵の予想戦力を口にした。
なかなかに厳しい。
予想の最悪だと魔人が一千である。
とてもではないが、五十七人まで減ってしまった新生月影騎士団で戦える数ではない。
「パコルデ攻略と防衛に回していたのは、かなりの精鋭部隊だと思うから、そこまで質は高くないとは思うけどね」
願望としては、と副団長が付け加える。
「それでも戦力が足りないな。さすがに」
ここまで決戦が早いとは思わなかった、とは、団長の弁だ。
「戦力なら! 俺たちを使ってください!」
指揮所の扉が開き、くすんだ金髪の若者が現れる。
私と同年配くらいで、服装こそ粗末だがブラウンの目はよく光っていた。
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