第41話 パコルデの価値


 二時間ほどの戦闘で牛頭と馬頭を全滅させる。

 文字通り全滅だ。


 こいつらは逃げないから。

 勝ち目がなくなっても、最後の一人になっても、満身創痍になっても戦い続ける。


 まるで亡者のように。

 一人でも多く道連れにしようとするんだ。


 だから、戦闘開始から勝敗の帰趨ははっきりしたのに、延々と続く掃討戦をやらないといけなかった。

 その中で、騎士から一人、親衛隊と冒険者から二人ずつ犠牲が出てしまった。


 メイファスの奇跡は、腕や足が千切れたとかいう怪我でも癒やすことができるけれど、さすがに即死はどうにもならない。


「五人……」

「百体の魔人と八頭のドラゴンを相手に、たったの六十五人で戦ってこの損害で勝つというのは普通に常識外だ。メイファス嬢は自分の力不足だなどと思わないように」


 簡易的な埋葬を終え、ぽつりと呟いたメイファスの肩をアイザックがぽんと叩いた。


 本格的な戦いが始まってから、ここまで戦死者なしでこれたことが不思議なくらいなのである。


 戦えば犠牲が出る。当たり前のことなのだ。

 勝っても負けても。


 だからこそマーチス前左大臣は戦争をすごく嫌っていたんだよね。


「でも……」

「貴女の力で、十人以上がふたたび戦う力を取り戻した」


 にっこりと笑う騎士団長。

 救えなかったもの嘆くより救えたものを寿ぐべき、と。


「はい! でも、死ぬために癒やしてるんじゃありません。だから絶対に死なないでくださいね!」


 ぐっとお腹に力を込めてメイファスが言い放った。

 だいぶ覚悟ができてきたみたいだね。


「聖女様の御心のままに!」


 騎士団が唱和する。







「……意外ときれい?」


 私は拍子抜けしたように首をかじけた。


 街門を開け放ち、パコルデへと入った私たちを迎えたのは無人の町並みだった。

 建物はあちこち壊れているものも多いけど、がれきや遺体などは散乱しておらず、血痕なんかもきれいに掃除されている。


 ちょっと不思議な光景だ。

 モンスターに襲われた町や村を見たことがあるけど、そりゃもうひどい有様だったものである。


 ひどい臭いだし、「食べ残し」がそこら中に散乱してるし。


「魔王軍はきれい好き?」

「違うよ、ユイナちゃん。パコルデの価値をちゃんと判ってるってこと」


 呟いた私に答えたのはブラインだった。

 なんだか、とても難しそうな顔をしている。


「価値?」

「魔王軍は寇掠こうりゃくのためにパコルデを襲ったわけじゃないってことさ」

「いやいや。がっつり殺してるし奪ってるじゃないですか」


 思わず、なに言ってんだこいつって顔をしちゃったよ。

 いけないいけない、聖女はそんな顔しちゃダメ。


「そういう意味じゃないよ」


 怖い顔をしないでおくれ、と、言い置いてブラインが説明を始めた。


 魔王軍がパコルデを襲ったのは食料調達のためではない。もちろん目についた人間は美味しくいただいてしまうが、それは副次的なものである。


「俺たちがパコルデ奪還を第一目標にしたのは、もちろん住民の救出ってのもあるけどさ。それ以上に、ここを奪われるのはまずいからなんだ」


 拠点都市なんだってさ。

 守るにしても攻めるにしても、パコルデを起点にするのが最も整合性がとれるんだそうだ。

 並以上の軍略家なら、絶対に放置はできない。


「つまり?」

「魔王軍にもちゃんと戦略思想があるってこと。本能の赴くままに行動しているんじゃなくてね」


 ブラインの言葉が不吉に響き、私は背筋のあたりを冷たい手が這い回るのを感じた。

 魔王軍を侮ったことはないつもりだったけど、勝つための算段をする敵だって認識してしまったのは怖い。


 普通に戦ったらモンスターの方が人間よりずっと強いのだ。

 だから人間は作戦を立てるし連携も取って勝算を高める。魔王軍も同じようなことをするとしたら、人間に勝ち目なんか本当に残るの?


「そう悲観したものでもないよ。ユイナちゃん。良いこともある」


 知らず自分の肩を抱く私にブラインが笑いかけた。

 良いこと?

 こんな状況で?


「生存者発見!」

「生き残りがいるぞ!」

「こっちにもだ!!」


 問おうとしたとき、街のあちこちから声が聞こえた。喜びに満ちた。


 ホントに?

 皆殺しになってなかったとか。

 これをこそ、不幸中の幸いっていうのかな。


「良いことの一つがこれだよ」

「え?」

「拠点には食料の備蓄が必要だろ」

「うっわ……」


 そういうことか!


 長い航海をするとき、船には牛や鶏といった家畜を一緒に乗せる。ミルクやたまごをとったり、いざとなったら食べるために。

 魔王軍がやっているのも同じである。


 食料として人間は生かされていた。おそらくいくつかの小グループに分けて監禁しているんだろう。


「業腹ではあるけれど、すでに食べられてしまっていたら助けようがない。そう考えれば、良かったと言えるだろ?」

「たしかに」


 監禁されていた理由も、おそらくかなりの数が殺されているだろうって事実も、腹に据えかねる部分はある。

 あるけど、パコルデの人たちを何割かは助けることができた。


 ここが大事。

 ゼロよりは絶対に良い。


「そしてもうひとつ。魔王軍は得体の知れた敵になった」


 にっと唇をゆがめる副団長。

 どういうこっちや?

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