閑話 魔王、動く


「ザガリア様。パコルデが奪還されたと物見から報告が」

「ほう? 城市というのは、球技のボールのように簡単に奪ったり奪われたりするものだったのか」


 皮肉げに魔王が唇をゆがめる。


 パコルデの港町は大陸掌握の要地だ。

 だからこそ第一攻略目標に設定したし、攻略後も防衛戦力を駐留させていた。


 ドラゴンが八頭と魔人が百体。

 人間ごときの軍隊に負ける戦力ではない。


「くだんのニセ聖女たちの軍勢だったよし。暗黒竜アンディアも討ち死とのこと」


 報告する魔軍参謀ハラゾンの声はやや悔しそうだ。


 他の大陸に侵攻する足がかりとしても、他国に攻め入る拠点としても、あるいは補給と輸送の中継地点としても、パコルデは重要なのである。


 この時点で失陥しては、計画の変更を余儀なくされてしまう。


「いずれ出てくるとは思っていたが、もう動いたか」


 ふむと腕を組む魔王。


 ニセモノの魔王、アァルトゥイエを倒したのは聖女の一行だが、イメージとしては聖女はおまけという印象だ。


 どういうものか、茶色い髪のニセ聖女が中心にいるように見えるのである。

 勇者の種を受け継ぐ戦士たちも、聖女そのものも、不思議とニセモノの聖女を慕っているように感じられた。


 アァルトゥイエと対峙した連中で、たった一人、勇者の因子も聖女の因子も受け継いでいないただの人間・・・・・にすぎないのに。


 そのただの人間が影武者とはいえ魔王を翻弄した。

 見ていて気の毒になるほどだった。


 そして、だからこそあの場での決着を避けたという側面もある。


『勇者』が存在せず『聖女』しかいない状況、千載一遇の好機だといっても良いほどだったのに。


「ニセ聖女は得体が知れない。神の力ではなく、我ら悪魔の力でもない。よくわからない技術でアァルトゥイエを追い詰めた」

「はい。ゆえにこそ分進合撃を進言しました」


 ザガリアの言葉にハラゾンが恐縮する。


 魔王軍の狙いが判らないように、パコルデといくつかの次元門を同時攻略した。

 普通だったらどこを奪還するべきか悩む。次元門を放置すればモンスターは際限なく増えるのだから。


 しかもコロナドでやったような戦力の選別は必要ない。

 適当に町や村を襲わせてやれば、それだけで人間たちは対応に忙殺されることになる。


 人間にとっては、これが一番困る状況だ。

 避けようとするのは理の当然。

 その間に魔王軍はパコルデを拠点化するつもりだったのである。


 つまり逆から考えれば、魔王軍にとって最もやられたら嫌なことがパコルデを奪い返されること。


「まさかそれをやってくるとは、このハラゾン、思いもよりませんでした」


 損害を防ぐように動いてくれた方が都合が良かった。

 しかし敵は、ほぼつかめるはずのない正解をがっちりとキャッチしてのけたのである。


「軍神リオネルか智神ケイシクの生まれ変わりでもいるのか、とでも疑いたくなる采配だな。こちらがやってほしくないことを確実にやってくる」

「九千年前の大軍師ですか。そんなものが現れたら、さすがに勝負になりませんな」


 魔王の軽口に参謀が笑みを返した。

 人の身で、悪魔を全滅寸前まで追い込んだという英雄たちの伝説である。


 彼らを支えたリオネルとケイシク。

 神格化までされる大軍師だ。


 そんな伝説というか神話みたいな連中が現実に存在したら、どんな魔王軍だって太刀打ちできない。


 魔王の冗談はともかくとしても、偶然だろうがまぐれだろうが、魔王軍が拠点を失ってしまったのは事実だ。


「再奪還するしかないな」

「御意。ですが、あの街の重要度を、改めて人間たちに教えることになってしまいます」


「いまさらだ、ハラゾン。空戦の要素をひとまず置けば、港町パコルデの価値は四百年前から変わっていないだろう」

「たしかに」


 アルコルデア大陸の玄関口。オルライト王国の飾り窓。

 人間たちはパコルデの通称からあえて軍事的な要素を消したが、それで価値が変わるわけではない。


 そしていまの魔王軍は、航空戦力を失ってしまった。

 是が非でもパコルデを奪わなくてはならない。


「なれば魔王陛下、このような策はいかがでしょうか」


 ハラゾンが地図を広げた。

 パコルデの周辺が記載されている。

 開放された次元門の位置も書き込んであった。


「ジカタルとハラザール、カラミティとディビスの部隊も戻します」


 参謀の手が次々と駒をおく。

 それぞれ一軍を指揮する魔王軍の幹部だ。

 四魔将と名乗っているが、じっさいに将軍は七人いる。


 べつに深い理由があるわけではなく、魔王軍の全容が人間たちに悟られないようにするための軽い政治的な処置だ。

 幹部が四人しかいないと思って油断してくれたら幸い、という程度の。


「……決戦か」


 駒の置かれた場所はオウン平野。

 パコルデの前面に広がる大平原だ。

 次元門の開放作戦を一時的に中断し、全軍をここに集結させる。


 その戦力でパコルデを奪い、防衛に動くだろうニセ聖女たちを叩くのだ。


「徹底的に」

「こんな早期に全戦力をつぎ込むことになるとはな」

「潰すには、このタイミングしかないと読みますれば」


 ニセ聖女たちの動きが予想以上に迅速で、しかも理に適いすぎている。


 現状、ニセ聖女の周囲には『聖女』と『因子を持つ戦士』たちしか集っていないが、もし『勇者』が現れたら手がつけられないことになりそうな気がするのだ。


 不安要素は、ニセ聖女の奇妙な技の正体はまだ見切れていないことだろうか。

 しかし、時間をかける不利より、情報不足の不利の方を選ぶべきだと魔王軍随一の知恵者は判断したのである。


「……よかろう。ハラゾンの献策を是とする」


 一瞬の黙考ののち、魔王が重々しく頷いた。


 

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