第14話 聖女の役割


 行く先々で聖女メイファスは奇跡を披露したらしい。

 旅芸人かよってレベルで。


 そして、聖女の威光に心打たれた人々が同行を申し入れ、どんどん数が膨らんでいった。


「四十人で聖都を出発したのに、コロナドに到着するときには二千人だ」

「ネズミ講みたいですね」


 力なく笑ったジョンズに、私は冗談で混ぜ返す。

 実際、笑うしかないという状況だ。


 私とフリックの二人旅ですら、長い旅の中で何度も不測の事態に遭遇した。

 寄った村や宿場町で、どんどん同行者が増えていくってちょっとした恐怖だろう。


 そもそも、そいつらの旅費ってどこから出てるんだ? 自腹?

 費用もそうだけど、その人数だったら宿に入りきれずに野宿とかになるよね。天幕とか炊事道具とかの手配も必要になるよね。


 同行を拒絶しない聖女様って、ちょっとやばいかも。


「聖女様をたしなめなかったのですか? 閣下」


 控えめにフリックが質問した。

 ジョンズが少し意外そうな顔をしたのは、聖都では彼が私の影みたいに付き従っているだけで口を開くことがなかったからだろう。


「言ってきくような娘ではないんだよ。フリック」


 あ。それでも名前おぼえてたんだ。

 ともあれ、聖女メイファスというのは大変な頑固者で、弱い人々を救うことに関して異常なまでの執念があるらしい。


「社会の最下層にいる人々からは女神のように崇拝されている。なぜだか判るかね? ユイナール」

「判りません」


 正直に答え、私は首を振ってみせた。


「金がないといえば金をくれ、服がないといえば服をくれ、家がないといえば家をくれるからさ」


 悪意の抑揚を、ジョンズはセリフに込める。

 あくせく働く必要などない。ただ聖女に助けを求めるだけで豊かな生活ができるのだ。そりゃあ信仰もするだろう。


「聖女様は、金貨の湧き出す魔法の壺でも持ってるんですかね?」

「そんなわけはない。資金はすべて国庫から出ている」

「最悪じゃないですか」

「その通り。財政が成り立つはずがない。政府は来年の増税を決定したよ」


 うっわ、と、私は思わず呟いてしまった。


 貧民街の人々に手を差し伸べるのは良い。孤児院や救護院に手厚い支援をおこなうのも尊いことである。

 ただしそれは、市民生活が破壊されない範囲で、という前提条件のもとだ。


「しかし、支援された貧民たちがちゃんと働いて税を納めれば、結局は国益に繋がるのではないですか?」


 フリックが首をかしげる。

 私の乳兄妹は真面目だから、サボりたいとかダラダラしたいとか食っちゃ寝の生活を送りたいとか思わないのだろう。


「そうはならなかったよ。彼らがしたのは酒や賭博で金を蕩尽することだった」


 ジョンズの声は苦い。


「そんな。お嬢様のような人たちばかりだなんて」

「まちなさいよ。私はお酒もギャンブルもやんないでしょ」

「でも、食っちゃ寝の生活をしたいとは思ってますよね」

「よし。ケンカだ。表に出ろフリック」


 むっきーと私が怒ると、たまりかねたようにジョンズが笑い出す。

 それはもう、久しぶりに笑ったという表情だった。




 結局、聖都では聖女の存在を持て余したのである。

 象徴として、偶像として、民衆に手を振っていてくれればいいのに、余計なことをして市民生活を破壊するのだから。


 たしかに貧民たちから信仰はされるだろう。都合が良いもの。

 ひな鳥みたいに口を開けてぴーびー鳴いてれば、勝手にエサを持ってきてくれるんだから、こんな素晴らしい人はいないよね。


 ただ、冷たい言い方になっちゃうけど、国にとって守るべき民ってのはスラムの人々じゃない。

 ちゃんと働いて納税してくれ、兵役などの義務を果たす人たちのことなんだよね。


 ここをないがしろにした政策なんかあり得ないんだけど、聖女はやらかしちゃってる。しかもそれを停める手段がないのだ。

 聖女だからね。彼女が頼めば王様だって頷かざるをえない。


「だから、魔王復活の兆候ありという報せは渡りに船だったんだ」

「聖都から遠ざけることができますもんね」


 ジョンズの言葉に私は頷く。

 聖女のつとめの最たるものは魔王を倒すことだ。

 したがって、魔王が復活したとなればその地に赴かなくてはならない。


 大変に危険を伴う仕事で、もしかしたら死ぬかもしれないが、魔王と戦い世界の安寧を守ることこそが聖女や勇者の存在意義なのである。


「なんだか人身御供みたいですね。お嬢様」

「そうだよ? 数人の犠牲で世界を守ろうっていうシステムだもの。神が作ったのか悪魔が産み落としたのか知らないけれど」


 私は肩をすくめてみせた。

 だからこそ、勇者だの聖女だのには、普通の人間がどれほど努力しても届かないような特別な力が与えられている。人々の代わりに戦うために。


 じゃあ民衆ってなんなのさ。ただ守られ救われるだけの存在かい、と、思ってしまうけど、そこはこの際どうでも良い。

 私は世界のありように口を出す立場じゃないし、聖女のふりをして民衆を騙していた一人だしね。


「魔王復活が福音だなんて、皮肉なものだがね」

「仕方ないですよ。誰だって生活の方が大事ですもん」


 魔王だの世界だの、あるいは他国の戦争だの、言い方は悪いけど対岸の火事なのである。

 それこそ敵軍が自分の住む街の近くに迫ってくるまでね。


「一刻も早く遠ざけたくて、調査隊の派遣ってことになったんだけどな」


 はぁぁぁ、と、ジョンズが大きなため息を吐いた。

 四十人が二千人になっちゃったら、彼でなくてもこうなるだろう。

 

 

  

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