第15話 本物vsニセモノ
コロナドには二千人も収容できる建物はない。
土地だけならいくらでもあるので、聖女についてきた民たちには天幕暮らしをしてもらうことになる。
そして食料や物資もぜんぜん足りないから、魔獣の解体や木の伐採、家具の製作などいろいろ手伝ってもらわなくてはならない。
というより、自分でやれって感じになってしまう。
月影騎士団はあくまでも戦闘部隊だから、民の面倒までは見れないのである。モンスターも毎日襲ってきてるしね。
そして、到着の翌日には、二千人の民のうち五百人ほどが退去を申し入れてきた。
「何しにきたんだって感じですねぇ」
「オーガーの襲撃を見てしまったからね。びびるのも無理はないさ」
聖女に別れの挨拶をしている人々を窓越しに眺めながら、ダンブリンが肩をすくめる。
まあ、普通の生活をしてれば人食い鬼なんて見かける機会すらないからね。
それが五体も襲いかかってきたら、そりゃあ怖かろうさ。
けど、魔王復活の調査に赴く聖女に同行するってことは、そういう危険も織り込み済みじゃないといけないんだ。
物見遊山の旅行じゃない。
覚悟はないのか。覚悟は。
「ユイナールくんの気持ちは判るけどね。戦えもしない人間に戦場をうろつかれる方が迷惑なんだよ」
まあまあとたしなめられた。
犠牲が増えるだけだからね、と。
「たしかにそおですけどぉ」
釈然としないのである。
故郷を捨ててまで聖女と一緒に行くってのは、そりゃもうすごい決心のはずなのである。崇高……かどうかは判らないけど、共に使命を果たすって意味なんだから。
それを、魔物が出たから引き返すとか、ふざけてんのかって感じだし、その程度の覚悟の連中を引きつけてきた聖女にも腹が立つ。
「よし。一言いってやろう」
踵を返して執務室を出る。
「おいおい。ユイナールくん……」
「無理です。代官様。ああなったお嬢様は誰にも止められません」
うしろでなんか聞こえるけど、気にしないもん。
「お初にお目にかかります。聖女メイファスさま」
近づいた私は、優雅に一礼する。
これでも代官付の文官だからね。民衆はさーっと潮が引くように道を空けてくれたさ。
役人って、嫌われてるというより怖がられてるから。
「あなたは?」
こちらを見たメイファスは、とにかく細いっていう第一印象だった。
たしか私より三つ年下だから十四歳。
金髪碧眼の美少女だと思うんだけど、痩せすぎているため不健康にみえてしまう。
スラム出身だと聞くから、生活上の苦労もしてきたんだろうね。
聖女になって暮らしぶりは良くなっただろうけど、長年の栄養不足は簡単には解消されない。
「ユイナールと申します」
名乗りつつ、私は若干の苦手意識が首をもたげるのを自覚していた。
私は彼女と違って生活に苦労したことがないから。
代々聖女役をつとめてきた私の家系には、国から充分な報奨が渡されている。
爵位なんかはないけど、貴族と変わらない扱いも受けてきた。
その日食べるものにも困る暮らしをしてきた本物の聖女と相対すると、罪悪感めいたものを覚えてしまう。
「先代の聖女ですか。話には聞いてます」
そして、なんか睨まれた。
初対面なんだから、まだ嫌われるようなことはしてないと思うんだけど。
「聖女であった二年間、まったく何もしなかったそうですね」
「ええまあ」
なにいってんだこいつ、という表情で私は頷く。
何もしないのが偶像の仕事でしょうが。
「苦しむ人々に手を差し伸べないで何が聖女ですか。恥ずかしくないんですか? あなたは」
「えええぇぇぇ……」
やばいこいつ。ガチだ。
ガチで自分が何をしているのか判ってない。
言葉一つで国の方針が変わってしまう発言力の大きさも、指一本で人の首が飛んでしまう影響力も、なーんにも判んないで、ただやりたいようにやってるだけだ。
自分が救った一人の貧民のかげで、普通の人が何人泣いているか、考えたこともないんだろうなぁ。
「良い暮らしをして良い服を着て、代々聖女ってだけでなんにもしないで。恥ずかしくないの?」
言葉を崩してきた。
私が反論しないからって調子に乗ってるなー。
「恥ずかしくはないですよ。それが仕事なので」
何もしていないわけじゃないんだよ?
王宮のバルコニーから手を振ったり、孤児院で子供たちに微笑みかけたり、教会のおこなうバザーに顔を出したりしてたさ。
まさに
貧民救済などは政治の領分で、聖女だろうとなんだろうと素人が口を出したら現場が混乱するだけ。
「あんたがそんなだからみんな死んだんだ! 母さんもジョンも!」
怒ってる。
私は軽くため息を吐いた。
文句をつけてやろうと思ったんだけど、そんな気も失せたよ。
というより、何を言っても無駄そう。
さっと袖口で顔を隠す。
おもむろに踵を返し、「うえーん! 聖女様にいじめられたー!」と、泣き真似をしながらその場を走り去った。
「ちょっと! まちなさいよ!」
追いかけようとしたメイファスが、すってーんと転ぶ。
そりゃもう見事なヘッドスライディングだ。
「ちょっと! なにこれ! なんで立てないの!?」
もがいてる声と助けようとする民衆たちの悪戦苦闘ぶりを背中で聞きながら、私はんべっと舌を出した。
滑りの達人を舐めんなよ。しばらく陸上水泳でもしてろ。
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