第2話 そうだ、辺境にいこう


 がたごとと馬車が進む。

 向かうは辺境、コロナドの地だ。


「しかしお嬢様、見事に誰も残りませんでしたね」


 御者台の上で手綱を握っているフリックがほのぼのとした口調で言う。


「お嬢様の人望のなさを証明するような故事でした」


 しかも余計な一言とともに。

 故事いうな。

 人望ないとかいうな。事実なだけに余計泣けてくるわ。


 聖女としての地位を逐われた私は、ど辺境のコロナドに赴かなくてはならない。

 傍目からは追放とか流刑とか、そんな風に見えるだろうね。


 私だって赤の他人だったら、「あー 追放されちゃったねー 何やらかしたのー?」って思うだろうし。


 だもんだから、私の屋敷の使用人たちは、ひとりを除いて誰も没落聖女にはついてきてくれなかった。

 給料は今までの三倍だすよって言ったのに、あそういうの良いんで退職金くださいってノリだった。


 騎士物語とかだったら、報酬などいらないからついてきてくれる部下とかがいると思うんだけど、まったくそんなやつはいませんでしたわ!


「ていうか、なんでフリックは一緒にきてくれたの? 給料三倍につられた?」


 横に座った私が首をかしげると、あろうことかこの従者は深い深いため息をついて首を振りやがった。

 この国には珍しいエキゾチックな黒髪が揺れる。


「僕がいなかったら、誰がお嬢様を朝起こすんですか? 幼少の頃から今まで、一人で起きられたことが一度でもありましたか?」


 青い目が、まるでゴミでも見るように細められた。


「おおおおお起きれるに決まってるし!」

「こないだの休み、ほっといたら昼前でしたよね。部屋から出てきたの」

「起きてたもん! ベッドでゴロゴロしてただけだもん!」

「そうですか」


 視線を街道に戻し、フリックが手綱に集中する。


 ゆっくりと流れていく景色。


 これから向かうコロナドは、どこの貴族領でもなく一応は聖王直轄領ということになっている。より正確に表現するなら、国内貴族の誰も支配に乗り出さなかったため、仕方なく王国政府が治めてるって感じだ。


 土地が痩せていて満足に作物も育たない上、魔の森も近いからいつもモンスターたちの侵攻の危険に晒されている。

 誰がそんな土地を領有したいかって話だ。


「……フリックがいなかったら起きれません。ごめんなさい」


 沈黙に負け、私の方から折れちゃった。


 だってしょうがないじゃない。


 本当に子供の頃から知っていて、ひとつ年上の彼は兄のような存在だ。

 十五のときに母が亡くなり、天涯孤独になってしまった私を陰になり日向になり支えてきてくれたのである。


 他の使用人たちとは一線を画する。もし彼が出て行ってしまったなら、たぶん私は泣き崩れていただろう。


「これからはちゃんとピーマンを食べると誓えますか?」

「……誓います」

「それなら許しましょう」


 しょうもないやりとりをしてから、同時に噴き出す。

 昔からのスタンスだ。




 フリック以外の使用人は辞めてしまったが、じつは彼らが無情なわけではない。


 給料が三倍に増額されたって、あんなど田舎には行きたくないってのが、普通の人間の感覚だからだ。

 まして、聖女の家で働ける程度の能力のある優秀な人材である。聖都で就職先に困ることはまずない。


「じっさい、給料が三倍になったところで使うところがあるかどうかすら微妙ですしね。コロナドなんて」

「デスヨネー」


 ど田舎なのである。

 なんでも揃う聖都とはまったく違う。


 たぶん水道すらなく、井戸から水を汲み上げてるだろうし、買い物だって何ヶ月かに一回、行商人がくるってレベルでまともな商店もないだろう。

 当たり前だけどレストランもカフェもない。


 魔の森を警戒するために配置された兵士たちに酒を提供する酒場とか、あれば良いなぁってレベル。


 誰がそんなところに行きたいのかって話よ。


「それでもお嬢様が、家庭のあるものは連れて行かない、女性も連れて行かない、とか言わなければ、何人かは同行したでしょうけどね」


 くすりと笑うフリック。

 うっさいうっさい。

 すべて判ったような顔で笑うんじゃねー。


 私は肩をすくめる。

 何年かしたら帰ってこられる、というものではないのだ。


 もう二度と聖都の土は踏めないのである。そんな旅にみんなを連れて行くことはできない。

 まして私はもう聖女じゃないんだから、一緒にいるメリットもないんだ。


 だから本当だったらフリックだって連れて行くべきじゃないのである。

 けど、当然のように旅支度をする彼に、ついて来るなとは言えなかった。

 私の甘えだよね。これ。


「流刑地に連れて行けないじゃん。フリックだって、自由に身を処して良かったんだよ?」


 いまさらのように言う。


「自由に身を処した結果が、お嬢様と一緒に行くって選択ですよ」

「良い人すぎる! 結婚して!」


「あ、これからはその冗談、言わない方が良いですよ。お嬢様」

「なんで?」


「聖女じゃないですからね。もう結婚できるんですよ?」

「おおおっ! そうだったー!」


 ぽんと手を拍いた。

 すっかり忘れていたよ。


 聖女は特別な存在だから、すごく処女性が重要視される。私の母も公的には独身だった。ゆーて、処女で子供が生まれるわけがないから、事実上の夫はいたんだけどね。


 国民だって馬鹿じゃないから、その程度のことは知っている。

 知っていてなお、聖女が結婚するのは許されなかった。


「そっかぁ、もう私、ただの女なんだねぇ」


 しみじみと呟いてしまう。


 

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