第3話 限界集落じゃん!
聖都からコロナドまでは、馬車で三十日もかかった。
遠いわ!
遠すぎるわ!
しかもちゃんとした宿場町に泊まれたのは、二十七日目までだよ。二十八日目と二十九日目は野宿。
たき火を焚いて、魔物避けの結界を張って、フリックとふたり身を寄せ合って寝たよ。
つらい。野宿つらい。
だいたい、最後の宿場からコロナドまでの街道が荒れすぎ。ていうかこれちゃんと整備された道じゃなくて、人が往来しているうちになんとなーく道っぽくなっただけだよね。
ひどい話である。
「お嬢様。見えてきましたよ」
フリックの声で、私は荷台からもそもそと御者台に移動した。
「よかった……もう野宿はいやでござる……」
「まだ寝ていても良かったのに」
「荷台で寝てるのも、けっこう身体がきついんだよ……」
「今夜はベッドで寝れそうですよ」
くすりとフリックが笑った。
こいつは無駄に元気である。ほぼ寝ていないはずなのに。
あくびをかみ殺しながら視線をあげ、コロナドの街壁を見晴るかす。
え? 街壁……?
「木の柵じゃね? ただの」
「そうですね」
「魔の森に睨みをきかす拠点がコロナドなんだよね?」
「そうですね」
「こないだ泊まった宿場町より小さくね?」
「そうですね」
お願い。そうですね以外も言って。
どう考えても、ただの限界集落でしょ。しょぼい砦とそれを囲むおんぼろの木の柵しかないよ。
人口どれくらいいるの? ここ。
街門(ただの木戸)から二人の兵士が現れ、馬車の方へと向かってきた。
フリックが手綱を絞り馬の足を停める。
これは敵対するつもりはないよっていう意思表示ね。
動いてる馬車ってのは、それだけで脅威だから。
停車して待っていると、御者台の横に立った兵士がびしっと敬礼する。正面には立ちはだからない。もちろん急に動き出したときに備えてだろう。
なんだろうね。ど辺境の兵士の割に練度が高い。
あと、敬礼もきれいすぎる。
王宮詰めの騎士みたいな、完璧な礼法だよ。
「役儀により質すが、貴公らの身分と目的地をあきらかにのべよ」
「おひかえられよ。こちらにおわすは、先代の聖女ユイナール様なるぞ」
私が応えるより前に、フリックがばーんと紹介しちゃった。
ゆーてあんた、先代ってただの人だからね?
なんの公権力も持ってないのよ? 私。
「失礼いたした。して、コロナドにはいかなる用件で」
もう一度敬礼するけど、べつに恐れ入ったという様子ではなく、粛々と職務を遂行している感じだ。
士気高いなぁ。
こんな辺境には似つかわしくない兵士である。
「辺境守備のお手伝いをするためにきました。これ、大臣からの辞令です」
私はわざと言葉を崩して懐中から書状を取り出した。
ただの人なんだよ、というアピールである。
さらに御者台から降りようとしたところで、兵士に制止された。疑っているように聞こえたなら申し訳ない、と。
「案内いたす。このまま進まれよ」
「承知」
かるく頷いたフリットが馬を並足で歩かせる。
二人の兵士のうちひとりは馬車と並んで歩き、もう一人は駆け足で街へと去っていった。
先触れしてくれるんだろうね。
「しかし、元聖女様まで送り込まれるとは」
「どういうことですか?」
兵士の言葉に私は首をかしげた。
フリックはとくに反応することなく手綱を操っている。
まずは自分が対応し、主人が相手と話し始めた瞬間、すっと身を退いて空気になるというのは、まさに従者の鏡だ。
けど、もっと普通にして欲しいな。
私はもう聖女じゃないんだから。
「すぐに判りますよ。ユイナール様」
兵士が笑うと、すぐに私にも判った。
街門に続く道に十人ちょっとの兵士が整列し、顔の前に剣をかざす。
一分の隙もなく。
「うわぁ……」
思わず頭を抱えちゃったよ。
聖女を迎えるときの、騎士たちの最敬礼じゃん。これ。
なんで辺境の兵士ができるんだよ。
目が点になっちゃうって。
「あれが我ら月影騎士団の全員です。ユイナール様」
騎士団て。
十四人しかいないじゃん。
どっからどうみても小隊規模じゃん。
けど、なんかみんなちゃんとした装備なんだよなあ。さすがにフルアーマーは着ていないけど、揃いのブレストは金属製だし、顔の前にかざしているのも剣なんだよね。
槍じゃなくて。
これだっておかしい。
兵士なら標準的な装備は槍だよな。たしか。
どういうこっちゃ。
「不思議がられるのも無理はありません。そこにいるのは全員、
「ええぇぇぇ……」
おかしいじゃん。
こんな辺境に騎士が十四人とか。騎士ってのはようするに領地のない貴族だ。普通は何十人かの兵士を抱えて、ひとつの町を守護していたりする。
十四人もの騎士がいる街なんて、かなりの規模だろう。
郡都とか、そういうレベルだ。
「ちなみに十五人ですな。申し遅れましたが、騎士団長のアイザックと申します」
ぱちんとウィンクする。
爽やかな金髪が風になびいた。
なんと、騎士団長が自ら馬車の誰何に出向いたらしい。
もう、わけがわからないね。
「そして、拙者を含めた騎士十五人と代官殿。これがコロナドの住民のすべてです。ユイナール様」
「ええぇぇぇ……」
限界集落なんてもんじゃなかった。総人口十六名ですよ!
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