第4話 人類の砦


 騎士アイザックの案内でコロナドへと入城する。


 いやあ、入城でいいのかなぁ。最大限好意的に解釈しても砦ですらない関所レベルなんだけど。


「歓迎いたします。聖女ユイナール様」


 そして待っていた紳士が一礼した。

 宮廷貴族だってここまで優雅じゃないだろうってくらいの見事な礼法である。


 蜂蜜色の髪ときれいに整えられた口ひげ。

 まさに伊達男って感じで、こんなど田舎にはまったく似つかわしくない。


 いやあ、騎士アイザックの美丈夫ぶりも、まったく似つかわしくなかったけどね。


「この地の代官を務めます、ダンブリンと申す愚物にて」


 片膝をつき、私が差し出した右手の甲に口づけた。


「よろしくお取りはからいください。ダンブリンさま。私はただの魔法使い、ユイナールです」

「失礼いたしました。賢者ユイナール様」


 微笑み合う。

 賢者というのは魔法使いへの尊称だ。ちょっとこそばゆいよね。賢い人なんて。

 勇者なんて呼ばれる戦士たちもこんな気分なのかな。


「大臣閣下からの辞令です」

「拝命します」


 私が差し出した書状を恭しくおしいただき、さっと目を通した。


「どうやら、私がユイナール様の上司になるようですな」

「つまり文官勤めですか」


 ふむと頷く。

 書状の中身は私も知らないのだ。いくら私でも道中で勝手に開いて見るなんて非礼なことはしてないよ。


「私にとっては、唯一の部下ですな」


 はっはっはっとダンブリンが笑う。

 うん。そんな気はしていた。


 だってコロナドの文官たちの長である代官がここにいるのに、部下が誰も姿を見せないんだもん。


 仕事中だから、というのは、この場合ありえないでしょ。

 武官の長であるアイザックの部下たちは全員顔を見せてるのに、文官がそれに倣わないのはまずすぎる。


「文官として働くのは初めてなので、どうかお手柔らかにお願いします」

「そこは、厳しく指導してくださいとか言うんじゃないのかな? ふつう」

「厳しくない方が良いですので」


 しれっと応えた私に、もう一回ダンブリンが笑った。


「まあ、仕事はあんまりないんで、教えることもあんまりないんだけどね。ユイナール嬢」


 言いながらコロナド城という名の、普通よりちょいボロめの屋敷を案内してくれる。


「なにしろ私と騎士が十五人。これがコロナドに住む全員だからね」

「一人も民間人がいないんですか?」


 思わず聞き返しちゃった。

 それでは都市ではなくて、たんなる軍事拠点である。

 それなのに戦える人材といえば騎士が十五人だけ。小隊規模だ。


「小隊ですらないよ。ユイナール嬢。我がオルライト王国の軍編成では、小隊は三十名で形成されるからね。十五人では半個小隊だ」


 ダンブリンがどうでも良い解説をしてくれる。

 それ以前の問題として、騎士だけで編成された隊なんてあるもんか。

 絶対に訳ありにきまってるじゃん。そんなの。




「まあ、じっさい訳ありでしてね」


 私室として与えられた部屋に荷物を運び込みながらフリックが言った。

 私がダンブリンと会談している間に、いろいろと情報を集めてくれたらしい。


「騎士団長のアイザック卿は、シドイル平定戦で武功のあった騎士ですが、清廉で生真面目な性格が災いしたのか、上役の不正を糾弾して左遷されました」

「わぁお」


「代官のダンブリン卿は、四年前のベルズ地方の飢饉の際に、政府の許可が降りる前に官庫を開いて民衆を救済した人物です」

「それ知ってる。ベルズの奇跡だね。ダンブリンさんのことだったんだ」

「民草からは英傑と称えられましたが、やはり政府の忌避を買い左遷されました」


 つまりコロナドというのは、左遷されたものが送り込まれる流刑地なのだ。私ももちろんその一人だろうけど、ちょっと解せないな。


「なんでそんな連中を一ヶ所に集めるか、ですね? お嬢様」

「うん。どうやったって王国に良い感情なんか持ちようがないじゃない。そんな人たちが集まったら、反乱とか謀反とか、そっちの話にならない?」


 たとえ本人たちにそんなつもりがなくても、政府は疑うだろう。

 心に罪を持つ者は、常に影に怯えるからだ。

 左遷するにしたって、別々の場所にした方が絶対に良い。


「どうにも、左大臣のマーチス様が絡んでる感じですね」

「あのたぬきかぁ」


 私をコロナドに送り込んだ人物である。

 まったく憎んではいないけどね。


 あのまま聖都にいたって私に浮かぶ瀬はない。

 どっちが本物だー、なんて論争になったら馬鹿馬鹿しすぎるもん。こっちは自分がニセモノだと判ってやっているわけだからね。


 それを、聖女の代替わりってかたちで演出して、私を先代の聖女という立ち位置にしたのは正直上手いと思う。

 たっぷりの慰労金ももらったし。


「お嬢様の例は多少特殊ではありますが、組織では生きにくい連中をスポイルさせないために隔離したというところでしょうか」

「なんのためによ?」


 私は胡乱げな顔をフリックに向ける。

 ダンブリンはたしかに英傑だ。アイザックは忠良の騎士だ。けど、それを組織から切り離してしまっては、まったく意味がない。


 組織を良くするために使うのが本筋というものだろう。

 辺境にまとめて押しやって活躍の場を与えないなら、クビにしてしまっても同じだからだ。


「もちろん、一朝事あったときのためにですよ。お嬢様」

「事あったって」

「お忘れですか。ここは魔の森の際。人と魔の戦いの最前線ですよ」


 意味深な笑みとともに指を立てるフリックだった。

 

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