第39話 暗黒竜と聖女の護り手
「自信があるようだな。小僧」
言ったアンディアの身体がみるみる縮み、人間の姿になった。
黒い髪と黒い瞳をもった壮年の男性だ。
変身魔法ってやつだろう。初めて見るけど、そういうものが存在してるってのは文献でみたことがある。
「あなたもね。わざわざ人の姿になるとは」
両手にショートソードをかまえ、じりじりと間合いをはかるフリック。
他方、アンディアの得物は長剣だ。
両手でも片手でも扱えるようなサイズの。
「臭いといわれたからな。傷ついておるのだよ」
「それは申し訳ありませんでした」
「口だけでなく誠意を見せるが良い」
「では、洗剤のセットなどを送っておきます」
軽口をたたき合いながら、互いにゆっくりと右に移動する。円を描くように。
不気味な相手だな。
なんで人間の姿になった?
ドラゴンのままのほうが絶対に有利なのに。
フリックが煽ったのは判るんだよ。私やメイファスに意識がいかないよう、自分に引きつけるためにああいう言動をしたんだ。
もう私は聖女じゃないんだから守らなくて良いんだよって言ったこともあるけど、彼は頑として首を縦に振ってくれなかったよね。
すげー頑固者なのよ。
意地っ張りっていうか、困ったお兄ちゃんなんですわ。
ともあれ、アンディアが人間の姿になった理由がわからないな。
「不思議か? 小娘」
私の内心に気づいたのか、アンディアがこちらを見た。
注意が逸れたわけだが、斬り込むだけの隙はないようで、フリックは動かない。じっと好機を狙っている。
猛獣が獲物に襲いかかるタイミングをはかるように。
なら、すこしでもこっちに注意を向けさせてやる。
「教えてくれるの? 暗黒竜アンディア」
「男子には意地がある。ゆえに我はそれに応える。それだけのことよ」
うん。
さっぱりわからん。
なにいってんだ? こいつ。
「それは、ありがとうございます」
なのにフリックはお礼を言ったよ。
彼にはわかるってことなのか。
「礼には及ばん。楽してズルく生きてもつまらんというだけの話だからな」
「難儀な生き様ですね。そいつは」
「小僧も同じであろう?」
にやりとシニカルな笑みを交わし合う。
なんだよあんたら。
なんで通じ合ってるんだよ。
ひっじょーに面白くない。
理由はわかんないけど、とにかく面白くない。
「よし、メイ。やっちゃって」
「は? ユイナあんた何言ってんの?」
ホーリーサンダーぶちかましてやれって言ったら、なんかうっかり踏んじゃった犬のフンでも見るような目でみられちゃった。
なんでじゃー。
あんたガラゴスにもニセ魔王にもホーリーサンダー撃ったじゃん。
問答無用で撃ったじゃん。
「いいから! やっておしまい!」
「はいはい。大切な人を守る強さを、あなたに。
言葉とともに、フリックのブレストプレートとショートソードが輝きを発した。
清浄な白い光を。
「このくらいの援護は受け入れて、フリックさん。ユイナがうるさいから」
ホーリーサンダーでもなくホーリーウェポンでもなく、防御が主体っぽい神の奇跡かな。
なんでそんな中途半端なものを?
「仕方がありません。ありがたく使わせてもらいますよ」
メイファスとフリックが笑い、なぜかアンディアまで頷いた。
みんな判ってるのに私だけ意味がわからないとか!
なんか面白くない!
よし。
全員転ばそう。
「エターナもがーもがーっ!?」
「とっとと始めて! ユイナが暴走する前に!」
両手で私の口を覆って詠唱を中断させ、メイファスが叫んだ。
この扱いよ。
突進したフリック。
迎え撃とうとしたアンディアの長剣と右のショートソードが衝突する寸前、くるりとフリックが左に回転する。
フェイントだ。
半瞬、アンディアがフリックの動きを目で追ってしまう。
そこに突き出される左のショートソード。
防御も回避もできる間合いじゃない。
のだが、アンディアは剣から右手を離して、なんとその手で切っ先を受け止めた。
神の力を宿している剣を。
ばんと音を立ててズタズタに切り裂かれるアンディアの右腕。
「ち」
しかし舌打ちして後ろに飛んだのはフリックだった。
剣から手を離して。
アンディアの手に刺さったままのショートソードが輝きを失い、黒ずみ、ぐずぐずと腐り落ちていった。
魔の力ってやつか。
あぶないなぁ。
「武器をひとつ失ったな。小僧」
「あなたは右腕を失いましたね」
それぞれ得物を構え、等距離を保つ。
「死なねば安いものよ!」
「まったくです!」
同時に踏み込む。
ぎぃんとかん高い音を立て、ショートソードと長剣が衝突し、鮮やかな魔力の火花が飛び散った。
そこから先は、互いにまったく口を開かない。
いままでの軽口のたたき合いが嘘みたいに。
五合、十合。
パワーはアンディアが上、速度とテクニックはフリックの方が上に見える。
だからフリックは
三十合、五十合。
勝利の女神は、どちらに祝福の祝福のキスを与えるか迷っている。
「疾っ」
鋭い踏み込みから突き出されるショートソード。
間一髪、身体をひねってアンディアが回避する。
フリックの身体が泳いだ。
好機とみたアンディアが、伸びきった背中に剣を振り下ろす。
その瞬間、ふわりとアンディアの身体が浮いた。
突如として、まるで支えを失ったように。
何が起こったのか、一瞬だれにもわからなかった。
それほどまでに見事な足払いである。
体勢が泳いだように見せたのは誘い。最初から足を絡めるつもりで残していたのだ。
だぁんと背中から地面に落ちるアンディア。
「がはっ!?」
衝撃で息が詰まったのか動きがとまる。
「御免!」
速く、鋭く、ブラックドラゴンの胸にフリックがショートソードを突き刺した。
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