第12話 聖都から返事がきたよ


 ハリネズミみたいになったワイバーンが真っ逆さまに落下する。


 騎士たちの一斉射撃でおしまい。

 盛り上がりもへったくれもない結末である。


 エターナルスリップのかかった矢は、弾速で数倍、飛距離も数倍、威力も数倍に跳ね上がった。

 空気抵抗を受けないから。


 加えて、優秀な戦士の多くがそうであるように、騎士たちが揃いも揃って弓の名手なのも大きい。

 美しいまでの直線の虹を描いてワイバーンに突き刺さるのだ。


 じつはまっすぐ当たらないと鏃が滑ってダメージを与えられないんだけど、そんな心配は無用ってくらい、みんなの技倆はすごかったのである。


 八人の騎士による三連射。瞬く間に合計二十四本の矢が深々とワイバーンに突き立ち、巨大な飛龍はなすすべもなく空中で絶命した。


「苦戦どころか、敵は攻撃範囲にすら入れなかったな」


 やれやれとアイザックが肩をすくめ、フリックの肩から降りようとしていた私に手を貸しくれる。


「それで正解さ。団長。自分を高めようとか、相手の良いところを引き出そうとか、そういう高尚な考えは戦場では不要だよ」


 いかに味方の損害をすくなく勝つか。

 必要な思考はそれだけだとブラインが笑う。


 まったく騎士らしくない彼は、騎士のロマンチシズムなんか歯牙にもかけない。

 空恐ろしいまでの実際家だから、他の騎士たちと反りが合わないんじゃないかと思ってしまうけど、普通に仲が良かったりする。

 不思議な人だ。


「今回も損害なしで食料ゲット。素晴らしいね」

「飛竜のステーキは聖都でも滅多に食べられない珍味ですからな。夕食が楽しみです」


 ダンブリンとアイザックが笑っている。

 緊張感がないことおびただしいが、じつは私も楽しみだったりするのだ。だって、聖都で食べたらすっごい高いし、そもそも滅多に飛竜の肉なんか入荷しないし。


「さあユイナールくん。勝ち鬨を」

「私がやるんですか?」


 そしてまた無茶振りされた。

 本当に私なんかがやって良いんだろうか? こういうのって武功一番の人とかがやった方が良いんじゃないかなーと思うんだ。


 ただまあ、今回は矢戦で決着しちゃったからね。

 誰が一番活躍したかってのは判断しづらい。

 よーしそれじゃあ。


「せーの! 世の中は肉だ! えいえいおー!」


 力一杯、右腕を振り上げる。

 ほんの一瞬、騎士たちが戸惑ったように黙り込んだ。


 それから、


『世の中は肉だ! うおぉぉぉぉっ!!』


 一斉に腕をあげ、雄叫びをあげた。

 いやいや、そっちで唱和するの? えいえいおーの方じゃなくて。





 一週間後のことである。

 聖都から先触れがきた。


 調査団を派遣するから協力してくれ、と、先触れの使者が持ってきた書状を要約すると、そういうことらしい。


「想定していた中で、最悪のパターンだね」

「これなら放置してくれた方がマシでしたな」


 ダンブリンの嘆きにアイザックが同調する。


 なんの調査をおこなうんだって話だ。現状、魔の森からは次々とモンスターが飛び出してきている。

 ここでの選択肢は守り続けるか退くかってものになる。攻め込むってのは論外だからね。



 で、攻め込まないなら調査なんか必要ない。


「調べて、その結果に安心したいだけでしょ」


 ブラインが鼻で笑う。

 やっぱり魔王は復活していませんでしたって結果が欲しいだけだと。


 そんなものを得るために、魔物が跋扈する魔の森に踏み込むなど、正気の沙汰ではない。

 いったいどれほどの犠牲がでることか。


 ここまで無傷で守ってきたことすら、無駄にしてしまうような方針である。


「しかも聖女様も同行するらしいぞ」


 ダンブリンが言い、幹部会に出席している他のメンバー、つまりアイザック、ブライン、フリックの三人が一斉に私を見た。

 いやあ、その聖女は私のことじゃないでしょ。常識的に考えて。


 ていうか、いまさらなんだけど私やフリックが幹部会に出席していて良いんだろうか?


「聖女メイファスの方だな」


 ほらね。

 私はもう聖女ではないのですよ。


 けど、聖都の思惑がいまひとつ判らないね。聖女を派遣するってことはかなりの本気度だろう。

 にもかかわらず、調査だなんて悠長なことをやろうとしている。


 どうにもちぐはぐな印象だ。


「ていうか聖女の護衛もどっさりやってくるってことだよね。最悪じゃん」


 うげーって表情でブラインが両手をあげる。

 聖女が一人でこんな辺境にくるわけがない。本人が行きたいと言っても周囲が許さないだろう。


「まあ最低二百人はいると考えた方が良いだろうな」

「世話係などの非戦闘員まで入れたら三百人ってところかな。頭が痛いね」


 戦闘員の二百人にしたって月影騎士団の面々のような頭おかしい戦闘力はもっていない。

 切り替えるように、ダンブリンが頭を振った。


「とはいえ、聖都からの指示をきかないわけにもいかない。受け入れの準備を進めてくれ」

「了解」


 仕方がない、という風情でアイザックとブラインが敬礼する。




 それから二週間。

 未だに調査団は到着しない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る