第18話 聖女タッグ


「聖女メイファス、現状はかなり深刻です」


 彼女の天幕に赴いた私は、言葉を飾らずに大上段から斬り込んでみた。

 ていうかね、なんで天幕で暮らしてるんだろうね、この子。

 砦の中にメイファスの部屋だって用意されてるのに。


「なによ?」


 じろっと睨んでくるけど、こわくなんてないもん。私の方が三つも年上なんだから。


「聖女メイファスのグループ、調査団、そして月影騎士団。この三者が反目し合ってる状況をどう考えますか?」

「そんなの知らない。なんであたしに訊くのよ」


 むっとした顔で答える。

 予想通りっていうか、予想の斜め下の答えだね。

 なんでってあんたが聖女だからに決まってんじゃん。


 聖都にいるときなら「よきにはからえ」で良かったかもしれないけどね。コロナドではそういうわけにはいかない。


 国王に直奏できるほどの権限を持ってる聖女ってのは、この場の最高権力を持ってるってこと。本当だったら、彼女が陣頭に立っていろんな差配をしないとダメなんだ。


 民衆、調査団、騎士団の間を取り持って、互いが仕事をしやすいようにする。ようするにリーダーシップだね。


 でも、十四歳の少女にそんなことができるはずがないし、大人も求めてない。

 いろんな人にきちんと委任して、実務を任せるのが大事。


 メイファスの場合、まずそこができてない。

 その上、自分でなんでもやろうってことでもなく、ただ放置しているだけなのである。


 となると、騎士団は今まで通りダンブリンの指示で動くしかないし、調査団は調査団で勝手に行動するしかないわけだ。

 これで上手く回ったらむしろ奇跡だよ。


「あなたは聖女です。ですから、コロナドの地をまとめ上げる責任があります。それを果たしてもらわなくてはなりませんが、私の言ってるのはそこではありません」

「だからなによ? 本当にあんたたちって回りくどい」


 だいぶイライラしてるご様子ですね。

 私が彼女と反りが合わないと感じているのと同様に、彼女もまた私を嫌っているんだろう。喋っているだけで苛立ちが募るのだ。


「そのままの意味の質問ですよ。いまのコロナドの状況をなんとかしたいと思わないかって」

「…………」

「知っての通り、モンスターが襲ってくるんです。ここ」


 一日に何回も。

 朝から晩までのべつ幕なしに。


 月影騎士団が倒してはいるけれど、いずれ対応できなくなるかもしれない。というのも、メイファスたちがくる前とは状況が違うからだ。


 いままで、騎士団は守備のことを考えなくて良かったのである。

 どこを壊されようと、あとから直せば良いってくらいにしか考えてなかった。だからこそ大胆に戦えたし強かった。


 けど今は違う。

 メイファスたちと調査団、あわせて百四十名を守りながら戦わないといけない。


 アイザックは、守らないよ自分の身は自分で守ってねって言ってるけど、あんなんは完全にポーズ。いざとなったら絶対に守る。

 そういう正義感に溢れる人たちだから。


 でもさ、結局のところ数は力なんだ。十五人の騎士にできることには限界がある。


「いつあなたの信奉者たちに犠牲が出るか判らない。どうしたら良いと思います? 聖女メイファス」

「戦いに協力しろってこと? だったら最初からそう言いなさいよ」


 ふんすと鼻息を荒くする。

 先に結論を言ったら反発するじゃん。

 こういうのは、自分で結論に到着するから大事なんだって。


「私も多少は魔法の心得がありますが、聖女メイファスの足元にも及びません。騎士たちの力になって欲しく思います」

「判ったけど、しゃべり方がイヤミくさくて嫌。あんたあたしより年上なのに、なんでそんなしゃべり方なの?」


「この方がイヤミっぽく聞こえるからですね」

「な……っ!?」


「冗談よ。人前に出るときには聖女然としているように教育されてきたからね。それこそ生まれたときから」


 ここで言葉を崩す。

 剣士たちの踏み込みみたいなものかな。

 相手の意表を突いたその瞬間に、懐に飛び込むのだ。


 少しだけ自分のことを語ってきかせる。


 歩き方、話し方、笑い方、すべての立ち居振る舞いについて厳しく訓練されてきた。

 訓練っていうか調教? ミスったら容赦なく乗馬鞭で叩かれたからね。


「うっわ……」

「ちょっと引いちゃうでしょ? 代々の聖女ってのもラクじゃないのよ」


 私はにっこり笑って右手を差し出した。

 わだかまりを解く笑顔である。


 言いたいことはいっぱいあるけど、メイファスはまだ十四だ。スタートラインに立ったばかりなのだからこれからいろんなことを知っていけば良い。


「……メイで良い。親しい人はそう呼んでくれたから」


 握り返したメイファスがぎこちなく笑った。

 いつもの作り笑顔じゃなくて、こっちが本物みたいだね。自分の感情で笑うことに慣れてないんだろう。


「聖女を愛称で呼ぶなんて許されないことだけど、私は元聖女ってことで特別枠扱いにしてくれる?」

「もちろん」


「だったら私のこともユイナと呼んでね」

「判ったよ。ユイナ。ところであたしはなにをすれば良いわけ?」


 ぽんぽんと言葉が出てくる。

 なるほどね、素の彼女はこういう性格なんだ。


 行動的ではあるけれど自分がなにをすれば良いのか判ってないタイプ。

 これって、ちゃんと周りの大人たちが方向を示してあげないから、わけわかんないことになったんじゃないの?


 つーことは、聖都での騒ぎは、幕の影で笛を吹いていたやつがいますね。


 で、人形が激しく踊りすぎて収拾がつかなくなっちゃった、と。

 間抜けすぎるなぁ。


「じゃあさっそく、代官のところにいこう」

「あのヒゲのイケオジ?」


「そそそ。独身だよ」

「その情報必要だった?」

 

 きゃいきゃいと騒ぎながら、私たちは天幕を出た。

  

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