第17話 みつどもえ


 結局、二週間ほどで聖女様親衛隊は百人ほどまで減少した。

 二千人だったのが百人だから、過疎化なんてレベルじゃない。


 それでも聖都から同行した学者とか護衛とかもの調査団もいるから、合計で百四十人いるんだけどね。


 ただ、調査団の人たちは親衛隊に近づかないんだ。

 学者連中なんて、貧しい人々がほとんどを占める聖女の取り巻きをあきらかに見下している。


 良くない傾向だし、民衆も学者たちを敬遠しているから相互理解が深まるはずがない。


「下水で洗濯をしてるようなものですね。きれいになるはずがない」

「誰が上手いことをいえと」


 フリックが言ったように、大変に心暖まる人間関係がコロナドに展開されている。


 勢力は大きく分けて三つだ。


 まずは最大派閥、聖女メイファスとその取り巻き。百人程度で数は最も多い。


 もともとは烏合の衆だったんだけど、大きく数を減らしたことによりかなりハードコアな部分が残った。聖女のためなら命くらい簡単に捨てられるっていう、ぶっちゃけ狂信者に近いね。


 次に多いのが調査団の人々。これが四十人いる。

 ジョンズもその一員だね。私やフリックとはシンパシィが強いけど、騎士団やダンブリンに対しては、一歩退いたような態度だ。


 これもまた仕方がないことで、コロナドってのは左遷されたものの落ち着き先っていうより、能力は高いけど政府がコントロールできない荒くれ者たちの集合体ってイメージらしいのである。


 怖いってのが先に立っちゃうんだろう。

 ともあれ、調査団は武力こそ低いけど、知識階級が何人も揃っているのが強みだ。


 最後が私たちコロナド勢ね。

 文官二人、従者一人、騎士十五人。これで全員だ。


 戦闘力はバカみたいに高いけど、とにかく数が少ないのである。

 多数決、なんて話になったら絶対に勝てない。


 この三者が睨み合ってるわけだ。

 みんな大人なので面と向かって文句をいったりはしないし、仕事の時は協力しあうんだけど、もうあきらかに仕方なくだね。

 一緒に食事をとることもないし、自由時間に談笑することもない。


「ありていに言って、非常に空気が悪い」


 これはダンブリンの嘆きである。

 形式の上では彼が最上位者だ。コロナドの代官だもの。ようするに領主代行ってこと。


 ただ、聖女ってのは国王陛下にすら口をきける立場なのよ。ダンブリンとしてもないがしろにはできない。

 ジョンズはダンブリンにとって恩人である大臣マーチスの補佐官だった人だから、やっぱり気を遣わないといけないし。


 そこがいがみ合ってるだけでも胃が痛いのに、両方とも騎士団に隔意がある態度なんだよね。


「胃痛に効く薬草を調合してつくったハーブティーです。気休めにどうぞ」

「自分で気休めっていうなよう」


 淹れてあげたお茶を受け取りながら、ダンブリンが苦笑いを浮かべた。

 薬ってわけじゃないもん。

 劇的な効果があるわけがないさ。


「この状況をなんとかするには、聖女と前聖女が仲良くするのが近道なんだがね」


 ちらちらと私をみる。


「えええぇぇぇぇ……」


 また無茶ぶりかよ。




 少し話しただけだが、私はメイファスと反りが合わないと思う。


 育ってきた環境も、考え方も、価値観も、違いすぎるのだ。

 もう、正反対だといって良いくらい。


 私たちニセモノの聖女は、聖女っぽい立ち居振る舞いをごく幼少の頃からたたき込まれる。

 国民の前に出るときに、わずかでも下品な姿を晒さないためだ。

 礼儀作法も勉強も厳しくてね。小さな頃は毎晩泣いていたもんだよ。こんな家系に生まれたくなかったって。


 でも、それをメイファスに告げたところで理解されない。

 立派な屋敷、暖かい衣服、美味しい食事、尽くしてくれる従者たち。そういうものを持っているだけで、彼女からは憎悪の対象だろうから。


 反対に、私も彼女のことを理解できない。

 なんの努力もなく聖女の力に目覚めたのだって、はっきりいって羨ましい。私の一族はささやかな回復魔法っぽいものを作り出すのに五十年もかかった。人体の構造を調べ、どこにどういう力を注げば治癒力が高まるのか研究し、それを代々、秘密裏に継承してきたのである。


 ラクして安楽な生活を手に入れたわけではない。

 だいたい、ラクをしているというならメイファスの方だろう。


 彼女は魔法学の勉強をしたのか? 薬学を修めたのか? 医学を学んだのか? なにひとつしていない。

 にもかかわらず巨大な力を持ち、人々に傅かれている。


 たしかに出自の時点では私の方が恵まれてるさ。

 けど、そっから何もしてこなかったわけじゃないんだよね。


 で、おそらくメイファスも同じように考えてると思う。

 だから最初に話して以来、一度も顔を合わせていないのだ。向こうも避けてるんだよ。

 会えばケンカになるって判ってるから。


「その日の食事を得るために身を売ったことがあるのか、なんて言われたら、私は黙り込むしかないしね」

「それ言われたら、つらいですよね」


 私の言葉にフリックが両手を広げる。

 なんだかんだいって、私たちは衣食住に関して満ち足りていた。それが逆に罪悪感になってしまうのだ。そうでない人と口論になったときに。


「それでも、こちらから歩み寄らねば事態は解決しないからな。なんとか頼むよ。ユイナールくん」

「良いですけど、結果については責任を持てませんよ?」


 重ねて要請され、私は渋々と頷いた。


 

 

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