第16話 ドジっ娘聖女


 聖女メイファスはドジっ娘だと評判になった。


 そりゃまあ、魔法の効果が切れるまでの三分間ほど藻掻いてたからね。なにしろ自力で立てないし、助けてくれようとする人の手も掴めないし。

 つるんつるん滑って。


 なにがどうなっているか判らなかっただろうね。

 もちろん犯人は私。種はエターナルスリップの魔法だから、トリックってほどのものじゃない。


「文句をつけにいって転ばせて帰ってくるってのは、どういう了見ですか? お嬢様」


 なので、謎解きの余地もなく私はフリックからお説教されたわけだ。

 とりあえず面倒くさいから転ばすって解決法をやめろと。


 まあ、いつもの説教である。

 ちゃんと安全に配慮して転ばせてるんだから良いじゃんねー。


 ともあれ、聖女メイファスの人気は転んだくらいで落ちることはない。むしろ、多少ドジなところがあった方が、人間的で魅力があるってもんである。


「またそういう屁理屈を。聖女が転んでたら体裁が悪すぎるでしょうに」

「聖女だって転ぶし寝坊するし遅刻するの。にんげんだもの」

「うしろふたつはお嬢様だけですけどね」


 はぁぁぁ、とフリックがため息を吐く。

 やめてよ。最近は三日に一回くらいしか寝坊してないじゃん。遅刻もしてないじゃん。


「コロナドに来てから、ずいぶんと生活スタイルは改善されましたね」

「まあ、夜は寝るしかすることがないから」


 ランプの油だって魔物から絞ったやつだし、あんまり無駄遣いはできない。つまり灯りがないんだから、寝るしかないのである。

 研究だ読書だって明け方まで起きていた聖都時代がなつかしいね。


「僕としては、レディの部屋にあんまりずかずか入りたくないんで、できれば毎日、朝食までに起きてくるようお願いしたいですね」


 フリックは私の部屋に許可なく入って良い。

 亡くなった私の母、つまり先々代の聖女からその許しを得ているのである。


 子供の頃の私は、まあ起きれない子だった。

 それで、部屋に入って起こして良いよという話になった。どんな格好で寝ていても気にしなくて良いからって。

 ひどい親である。


「何回、おでこに肉って書いてやろうかと思ったことか」

「思いとどまってくれて嬉しいわ」


 転んだってレベルじゃない大恥だ。


「で、種を知ってる騎士団の人たちからは文句がこないのよね」


 ふと私は首をかしげる。

 ドジっ娘メイファス事件から二日、騎士からの苦情は出ていない。

 そして彼女についてきた民衆は、櫛の歯が抜け落ちるようにどんどん減っている。


 毎日どころか、一日何回も襲撃があるからね。

 生きた心地がしないんだろう。

 ケルベロスを倒した一時間後には普通に談笑しながら食事をしている私たちが、きっと普通の感覚じゃないのだ。


 ともあれ、二千人もいたメイファスの取り巻きは、そろそろ千人を割り込みそうな勢いである。


「騎士たちも辟易していますからね。聖女様親衛隊には」


 肩をすくめるフリック。

 基本的に月影騎士団の人たちは気の良い連中だ。護民の志を持ってるし、弱いものには優しい。

 けど、それにしたって限度があるのだ。


 コロナドは人類の砦であり、寧日なんかない。

 特等席で魔物とのバトルを観戦させてやるわけにはいかない。好きでここにきた以上は働いてもらうのが当然である。

 戦いができないなら、それ以外の分野で。


 何人かは積極的に畑仕事や魔物の解体、建築なんかを手伝っているけど、多くはそうじゃない。

 聖女のそばに侍って、その威光のおこぼれにあずかろうって連中だ。


 昨日、彼らの天幕群の近くまでヘルハウンドが進んできた。まあ最終的にはアイザックが間に合い、民衆に被害は出なかったんだけどね。


 ほとんど一瞬でヘルハウンド三体を倒したアイザックに、民衆たちは賞賛を送るどころか詰め寄ったのだ。

 もう少しで被害が出るところだった。なんでちゃんと守ってくれないのか、と。


 まあ私だったら、全員転ばせてやるところだけど、さすがアイザック団長は人間ができている。こう答えたのである。


「コロナドは人類の砦であり、ここでは全員が戦士だ。非戦闘員などというものは存在しないのでそのつもりで」


 もし民衆たちがいた場所を突破されてしまったら、人間の領域にモンスターたちがなだれこむことになってしまう。

 モンスターが近づいてきたってぴーぴー悲鳴を上げてないで戦え、戦えないなら自らの身体を盾として使って人類を守れ、と、こういうことである。


 これには聖女の取り巻きたちも鼻白んだ。

 物見遊山ではないという現実を改めて突きつけられ、さらに離脱者を増やすことになったのである。


「騎士団としては、聖女が泣きながら聖都に帰ってもかまわないっていうか、むしろその方がありがたいんじゃないですかね」


 皮肉げに、フリックが自説を開陳した。

 これが私がメイファスを転ばしても文句が出ない理由である。


「じつは、帰られても困るんだよ。ユイナール、フリック」


 私たちが雑談をしていたサロン(手作りの椅子とテーブルが置いてあるだけ)に入ってきたジョンズがおもむろに口を開いた。


「聖女メイファスが聖都にいると、ぶっちゃけ反乱とか起きてしまうんだ。だから体よく追い払ったんだよ」


 ごく普通に、とくに躊躇いもなく私たちの座っていたテーブルにつく。

 ジョンズってこんなにフランクな人だっけ?


「まあ、私も追放されたクチですけどね」

「きみとは意味が違う。あれは国を割る存在だよ」


 ふんと鼻息を荒くする。

 なんだかずいぶんと鬱憤が溜まってそうだね。

 

 

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