第19話 ヒンカク


「命令はともかく、いろいろな指示は出さないといけない。だからそのとき、メイファス様が隣に立っていてくれると大変に助かります」

「判りました」


 ダンブリンの言葉にメイファスが頷く。

 ようするに権威付けだ。


 現状では、代官がああしろこうしろと指示を出しても民衆は言うことをきかない。

 オラたちは聖女様のお言葉しかきかねえだ、と、戯画化していうとこんな感じだからだ。


 けどメイファスがダンブリンの横に立つと違ってくる。

 代官の言葉は聖女の言葉とイコールになるのだ。

 これは調査団の人達に対しても同じ。

 内心でどう思おうと、代官の差配に従うことになる。


「権威付けってさ。とかくバカにしがちだけど、けっこう大事なんだよね」

「そうなの?」


 執務室にメイファス用の机と椅子を運び込みながら説明すれば、案の定、彼女は首をかしげた。

 スラム出身というより、多くの人は権力者に忌避感があるからね。

 上から命令されるのを嫌がるっていうか。


 でも、秩序がないと組織はまとまらないし機能しない。そして秩序ってのは究極的には上下関係なんだ。


 権威勾配があんまりにもきつすぎると息が詰まっちゃうけど、フラットすぎても組織は成立しないんだよ。

 仲良しグループだって、主導権ヘゲモニーを握る人がいるでしょ? つまりそういうことなんだ。


「たしかに仕切ってるやつはいた」

「でしょ?」


 デスクを整えながら笑う。

 さしあたり、メイファスの席は代官執務室に置くことになった。

 一つの身体に頭が三つ、という状態を改善するためと、私が聖女としての振る舞いを教えるためである。


 彼女から聞き取ったところ、聖都ではそういう講習などはなかったらしいんだ。


 最悪である。

 なにやってんだよ、マーチス左大臣。


 たぶん、私も、私の母も、祖母も、そんなことを教える必要がなかったから、メイファスも同様であると考えてしまったんだろう。


 でも違うんだよね。私たちには伝統があるけど、メイファスは生まればかりの聖女なんだ。

 一からどころか、ゼロから教えていかないとダメ。


「聖女は政治に口を挟んではいけない。これも習ってないでしょ?」

「なんで?」


 不満顔だ。

 気持ちは判るけどね。

 人々を救う力を持ったのにそれを使うことができないんだもの。


「全員を救えないからよ。事実として、メイはスラムの人たちを救えたと思う?」

「それは……」


 うつむいてしまう。

 自分でも判っているんだろう。


 スラムの人々は、ただ彼女に甘えていただけで、生活を再建なんかしなかった。

 おそらく、する気もなかった。


 お金ちょーだい、食べ物ちょーだいってねだれば、いくらでもでてくる。ありていにいって、味をしめちゃったのである。

 そしたらもう働かないよね。


「哀しいかな、それが人間ってものよ。ラクな方ラクな方へと流れるの。でもそのお金は魔法の壺からあふれ出てくるわけじゃないわ」


 多くの民草が汗水垂らして稼いだお金の一部だ。

 上役に気を遣い、部下に気を配り、ときには取引先にペコペコ頭を下げて、必死に働いた成果としての報酬である。


 そしてそれが人頭税として国に納められるのだ。


「メイからは、普通の平民はのんきに暮らしてるように見えたかもだけどね。実際はそうじゃないの」

「…………」


「スラムの人たちを救うために、そういう人たちが犠牲になるのは筋が違うでしょ」

「だったら! 国のお偉いさんがお金を出せばいいじゃん!」

「私財をなげうてってこと? それも筋が違うと思わない?」


 アンタは金持ちなんだから貧乏人に施さないとダメだ、なんてのは理屈が通らない。

 もちろん善意でかなりの金額を寄付をする人はいる。でもそれを強制することはできないんだ。


「でも……高い給料をもらってるんだし……」

「それだけの責任を負ってるってこと。下から見るとさ、仕事もしないでだらだらしてるように見えるけどね」


 じゃあアンタが代わりに大臣をやるかって話。

 ほとんどの人は首を横に振るだろう。

 重責を背負っていることくらい、じつはみんな判っているのだ。


「で、聖女ってのは貧乏人の代表であってはいけないの。金持ちも貧乏人も、恵まれない人も幸福な人も、全員を救う希望の光じゃないといけないのよ」

「そんな無茶苦茶な……」


 メイファスの言葉はどんどん弱くなっていく。


 仕方ないね。

 十四歳の、教育も受けていない女の子だもの。


 大人の理屈なんて納得できるわけがない。でも反論できるほどの知識もない。聖女のありようなんて話になったら、ついてくるだけでもしんどいだろう。


 まあとにかく、誰かを救うのに誰かが犠牲にならないといけないなら、誰も救わない方がマシ。


 じつはすごくきつい仕事なんだよ。聖女なんて。


「知らなかったよ……」

「これから知っていけば良いよ。ついでに読み書きも教えてあげる」


 私のセリフの後半にメイファスは顔を輝かせた。

 たぶんコンプレックスだったんだろう。


 結局、報告書も読めないから口頭で受けるしかない。内容を書き留めることもできないから忘れてしまう。

 それでお偉いさんたちから低くみられ、ついつい意地になって無茶な要望を押し通す。


 ますます政治も判らぬ小娘が、と蔑まれるわけだ。

 絵に描いたような悪循環である。

 

「教えてくれるの? ユイナ」

「もちろん。礼儀作法なんかもね」

「そっちは遠慮したいかなぁ」

 

 笑顔から、うげえって顔に変わる。

 ああ、このすぐに顔に出るのも矯正しないとね。


   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る