第20話 ようやく調査開始だよ


 聖女の来訪から一ヶ月。

 ようやくコロナドも落ち着いてきた。


「くれぐれも気をつけて。命だいじに、です」


 魔の森への潜入調査に出発する六人を前に、メイファスが訓令している。


 学者が二人、それを護衛する騎士が二人、雑用などをやってくれる志願兵が二人という編成だ。


 すこし人数が少ない気もするけど、月影騎士団の戦力を低下させるのは非常にまずいので仕方がない。

 なにしろ今だってモンスターの襲撃は続いているから。


 だんだん強くなる、なんて状態だったら調査そのものを中止しないといけないとこだった。


「生還してこその成功です。少しでも危険を感じたら引き返してください」


 メイファスの言葉に調査隊の面々が頷く。

 無理をして成果を上げる必要はない。


 いや、もちろん魔王が復活したのかどうかを確認することは大切だけれど、命はそれ以上に大切だ。

 魔の森の奥にあるという魔王城に辿り着き、そこに魔王がいないというのが確認できたら人類にとっては最高の結末である。


 しかし、そんな成果を持ち帰れなくてもまったく問題ない。

 森の中に入って、やばいこいつは進めそうにないぞって判るだけでも充分なんだ。





「実際問題、判らないことだらけなんだよ」

「ですよね」


 出陣式が終わり、執務室に戻ったダンブリンと私の会話である。

 メイファスが首をかしげたのは、たぶん、何を当然のことを言ってるんだとと思ったからだろう。


 モンスターの生態や行動について、人間はほとんど何も知らない。

 まあ、知ってたら怪物なんて呼ばれないよね。ただの動物と同じ扱いになるから。


 でも私たちの言ってるのは、そういう意味での「判らない」じゃない。

 どちらかというと行動の話だ。


「行動?」

「そう。たとえば十匹のゴブリンで勝てなかったら、メイだったら次はどうする?」

「十二匹送り込む」

「せっこ!」


 思わず笑ってしまった。

 けどまあ、セコくはあっても本質は捉えている。


 質を上げるか数を増やすか、あるいは戦術そのものを変えるか。とにかく前回よりも勝る点を作って戦う。

 それを戦訓を取り入れるっていうんだって、前にアイザックが教えてくれた。


 ところがモンスターの襲撃ときたら、まったくそういう部分が感じられないのである。


「たしかに、昨日はオーガーだったのに、今朝はゴブリンライダーだった」

「うん。しかもゴブリンライダーがたったの四って」


 何しにきたんだってレベル。

 騎士ジルベスが五秒くらいで片付けちゃったよ。


「正直、ただぶつけているだけという印象なんだ。戦略も戦術もなしにね」


 ダンブリンが肩をすくめる。

 戦のことは、正直私にはよく判らないんだけど、ちぐはぐな印象なのはたしかだ。


「間断なく攻め続けることで相手を消耗させる、という戦術もあることはあるんだけどね」

「それなんじゃないです?」


「しかし、我々は消耗しているかね? メイファス君」

「むしろ、どんどん戦い方が上手くなってます」


 そうなのである。


 騎士団の戦いを手伝うことによって、聖女様親衛隊の戦闘力は向上し、いまではそんじょそこらのシティガードよりも強いくらいだ。

 無力な民、なんかでは、まったくなくなったのである。


 まさに実戦に勝る訓練はないわけで、それこそモンスターたちにしてみれば、わざわざ人間たちを鍛えてやっているようなもの。

 これはこれで間尺に合わない。


「あらためて整理すると、なんか怖いですね」

「でしょ? 不気味なのよ」


 自らの腕を抱くメイファスに私は頷く。

 そして、私たちの疑問はすぐに解消されることになった。

 しかも最悪の形で。




 調査隊の出発から、わずか四日後のことである。


 ぼろぼろな状態の青年が魔の森から這い出してきた。

 右脚と左腕を失い、ひどい火傷を負った状態で、生きているのが不思議なほどだったが、すぐに駆け付けたメイファスが治療を施したため一命をとりとめた。


 そして絶望的な情報がもたらされる。

 彼は調査隊の一人であり、残りの五名はすべてモンスターに殺され、食われたのだと。


 タニスという青年も同じ運命を辿るところだった。というより辿りかけていたのだが、絶対に情報を持ち帰れという騎士たちの言葉に従い、文字通り這いずって帰還を果たしたのである。


 逃がすために犠牲になった騎士たちの心意気に応えるため、命がけで作りあげた学者たちの分析結果を持ち帰るため、片手片足となってもタニスは帰ってきた。


 ものすごい執念。

 畏敬すら感じる。

 そして、もたらされた情報の重要さといったら、とんでもないものだった。


「モンスターが湧いてポップしている……だと……?」


 呟いたアイザックの顔色は、死人のそれと大差ないくらい真っ白である。

 当たり前だけど、生物は湧かない。

 生殖によって産まれるものだ。


 モンスターだってイキモノである以上、そのあたりは一緒である。

 一緒のはずだった。

 何もない空間から湧き出すなんて、ちょっと常識の外側だろう。


「出現モンスターはアトランダム。ドラゴンなどの強力なものは魔の森の奥へと去り、そうではないものはまるで捨てられるように森の外へと進む」


 タニスの懐中に隠されていた、学者の観察結果だ。

 これが何を意味するか。


「戦力の……選別……」


 ダンブリンの呟き。

 かさかさに乾いていた。

 

 

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