第6話 職場に仕事がありません


「では、聖都に提出する報告書の書き方を教えよう。これがユイナール嬢の仕事となる」

「はい。よろしくお願いします」


 執務机に置いた紙に正対し、私はペンを握りしめた。

 公式な書類なんて初めて書くから、ちょっと緊張する。


「私の言うとおりに書いてくれたまえ」

「わかりました」

「特記すべき事項なし。以上」

「えええぇぇぇ……」


 ひどい。

 気合い入れて仕事しようとしたのに。


 むうとダンブリンを睨む、こんなしょうもない報告書を書くのが私の仕事だなんてひどい。


「実際問題、報告するようなことがないのだから仕方ないね」

「いやいや。ギャグドをやっつけたじゃないですか」

「絵日記じゃないんだから、魔獣を一匹倒しましたとか、いちいち書く必要はないよ」


 苦笑する上司様。

 そういうものなのじゃろうか。


「コロナドには租税を納める民も住んでいないので、税収はゼロだしね」


 税収ゼロ。戦闘による人的損害ゼロ。物的な損害もゼロ。

 緊急の支援要請もなし。


「つまり、コロナドに異常なし、ということだね」


 なにか王国政府にしてほしいこともないので、特記事項なしという報告になってしまうらしい。


「で、日付を入れて署名する」


 なんだか狐につままれたような気持ちで、さらさらとサインした。

 うん。

 十秒で終わる簡単な仕事である。


「それを毎日書いておいて、一年に一度、聖都からくる役人に手渡す。それがきみの仕事だよ」


 書きためるのか。

 ていうかむしろ、なにかあったときだけ書けば良いんじゃないの?


「そんなことをしたら、私たちの仕事はまったくなにもなくなってしまうよ。ユイナール嬢」


 私の表情を読んだのか、ダンブリンが笑った。


「いやいや。なにかあるでしょうよ」

「あとは、この執務室の掃除くらい?」


 ひっどい職場だよ!

 仕事がなんにもないよ!


「ようするにここは、才能や能力はあるのに野心ややる気はゼロっていう連中がまとめて放り込まれた場所なんですね」


 やれやれと私の斜め後ろに立ったフリックが肩をすくめる。

 ていうか護衛の従者って必要かな? この状況で。


「フリックくん。それは違うぞ」

「違うんですか? 代官閣下」


「ゼロなのではない。マイナスなのだ」

「悪化してるじゃないですか!」


 思わず突っ込んでしまう私だった。

 そんなにやる気ないなら辞めちゃいなYO! だめじゃん給料もらったら!


「辞表は何度も出したんだがねぇ。私だけでなくアイザックくんたちも」


 受理されず、せんぶ大臣に握りつぶされてしまったらしい。

 で、コロナドで魔の脅威から王国を守っている。

 

「元々ここには大隊が一つあって、彼らに食事や娯楽を提供する店などもあり、それなりの人数が暮らしていたんだ」

「標準編成なら三千人ですか。家族も一緒だとすれば一万人くらいになりますね」


 ふむとフリックが腕を組んだ。

 一万人ともなればかなり大きな街である。経済活動だって馬鹿にならないレベルだろう。


「けど、魔獣が襲ってくるたびに少なくない損害を出していてね。王国政府としては頭の痛い問題だったんだよ」

「そりゃあ魔獣と戦えば出るでしょうね」


 昨日、パンチ一発でギャグドを倒しちゃったジルベスが頭おかしいだけで、普通は何十人かで戦うような相手なのだ。

 当然のように犠牲だって出る。


 片手間でちょいちょいと倒せるような相手なら、魔獣だのモンスターだのいわれないし、狩人にでも任せておけば充分だ。

 必死に戦わないと勝てないから軍隊が駐屯しているのである。


「軍隊だけじゃなく住人にも被害が及ぶからね。人をつなぎ止めるために国はけっこうお金を使っていたんだよ」


 まあ、そんな危ない場所、なにかメリットがないと普通は住みたくないよね。


「だから私はマーチス閣下に言ったのさ。人がいるから損害が出るんだってね」

「なんですかその論理のアクロバットは」

「有象無象で魔獣なんぞに挑むのが悪い。最初から無双の勇者が戦えば良い。出し惜しみなんかせずにね」


 ぱちんと片目を閉じるダンブリン。

 美髯が揺れる。


 きっとこの人、社交界でも浮名を流してきたんだろうなーと、私はぼけぇっと考えた。

 顔が良いだけでなく話術も巧みで、いつの間にか彼の話を楽しんでしまっているんだもの。


 ともあれ、普通は切り札ってのは最後まで取っておくものだ。

 いきなり切るような真似はあんまりしない。


「ある国で反乱が起きたとき、政府は精鋭部隊を鎮圧に向かわせなかった。反乱軍はまだ王都に迫ったわけではない、という不思議な理由でね」


 笑いながらダンブリンが例題を出してくれる。


 で、近くの部隊が迎撃に出て次々と各個撃破されていった。

 連戦連勝の反乱軍の声望は高まり、国に不満を抱いていた人々はこぞって参加した。

 そして反乱軍が王都に迫ったときには、もう精鋭部隊ではどうしようもないほどにまで強大化していたのである。


「だからさ。弱い順にぶつかっていくなんてナンセンスなんだよ。一番強い札は一番最初に切らないと」

「なるほど」


 フリックが感じ入ったように頷いた。

 私は軍事には明るくないんだけど、専門的な教育を受けた彼が感心するくらい、ダンブリンの発想は理に適っていたんだろう。


「それで、行き場のない英雄たちを集めたわけですか」

「尖った才能があると、組織ではなかなか生きにくいからねぇ」


 にこにこと辺境の代官が笑った。

 

 

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