第7話 ひまひま騎士団
暇なので騎士たちの様子を見に行くことにした。
まったく内容のない報告書を十秒で書いて、あとは上司とおしゃべりしているだけってのは、さすがに仕事としてどうかと思うんだよ。
私はまだ十七歳だ。そんな枯れたおばあちゃんみたいな生活はしたくない。
「ユイナール嬢が顔を出せばみんな喜ぶだろう。聖女様の慰問だなんて、聖都にいたって滅多に受けられないからね」
「元ですけどね」
しかもニセモノですけどね。
いまの私の肩書きは、しがない魔法使いです。
「それはありがたい。みんな作業に身が入るだろう」
そんなわけで詰め所に顔を出したところ、居合わせたアイザックが歓待してくれた。
「作業ですか?」
私は小首をかしげる。
訓練とかではなくて?
「暇……あ、いや、鍛錬の合間にな。いろいろやっているのだ」
「いま暇って言いましたね?」
「そそそそんなことはないぞぉ。いっそがしいぞぉ」
「もういいです。私も初日から暇を持て余してるんで」
笑ってみせる。
巨大な魔獣を倒した翌日にも関わらず、騎士団にはとく高揚もない。つまりあの程度は戦果のうちにも入らないってことなんだろう。
信じがたいけどね。
「みんなはなんの作業をしているんですか?」
「工作をしているものもいるし、畑を作ってるものもいる」
自由だな、ひまひま騎士団。
もとい月影騎士団。
「案内しよう」
そう言って、アイザックが私とフリックを先導して歩き出した。
遠くから鳥獣の声が聞こえる。
近くを流れる渓流のせせらぎも。
「のどかねぇ」
「魔の森のほとりですけどね」
「それを忘れそうになるわ」
少し歩くと、川の近くに建てられた小屋に辿り着いた。
「ここは聖都でもそうそうお目にかかれない冷蔵庫さ」
アイザックが扉を開けると、中からひんやりと冷気が漂ってくる。
「魔法で冷やしてるんですか?」
「まさか。魔法を使えるものなどいないし、仮にいたとしても、ずっと冷やし続けるなんていったら魔法使いが倒れてしまう」
「ですよね」
首をかしげながら中に入る。
すると、せせらぎの音が外にいるより大きくなった気がした。
「なるほど……バンプの木ですか」
見渡し、私は正解を発見した。
バンプの木というのは中が空洞になっている少し変わった植物で、良くしなるためいろいろなものに加工される。
ここでは水を通すパイプとして使われているんだろう。
それが壁、床、天井に張り巡らされており、その中を川から汲みあげた冷たい水が流れることで、室温をぐっと下げているのだ。
「一見してそこまで判るとは」
「聖女というのは、知識も豊富なんだね」
アイザック以外の声に振り返れば、くすんだ茶髪でやや細面の青年が立っていた。
「ブライン。手先が器用で様々なものを作っている。騎士というより技術屋だな」
「よろしく。なにか必要なものがあったら言ってね。作るから」
紹介されブラインが右手を差し出した。
「よろしくお願いしますね」
にっこり笑って握り返すと、なんとその手がすぽっと抜けた。
「えええぇぇぇぇ……」
目が点になる。
よくできてるけど作り物の手だ。
「あははは。ごめんごめん」
ブラインが笑い袖口からにょきっと本物の手が生える。
「初対面の相手には必ずこれをやる悪戯者でもある」
「えええぇぇぇ……」
騎士だよね?
叙勲されてるんだよね?
なんでこんな子供のいたずらみたいなことするのよ。
「ごめんって」
むっとした私に謝りながら、ブラインが手を差し出した。
今度こそ本当に握手である。
「これで機嫌を直して。ユイナール」
手を離すとき、青年騎士の手にぽんと造花が現れた。
「わ」
「お近づきのシルシに」
受け取っちゃう。
魔法かと思ったけど、手品だね。
くすりと笑うと、なんと造花の茎からするするするっとちっちゃな万国旗が繋がっていく。
凝ってるなぁ。
笑みを交わし合う。
『うぉっほんっ』
わざとらしい咳払いを、なぜかアイザックとフリックがハモらせた。
「なに初対面の男性と良い雰囲気になってるんですか。お嬢様」
「なにいきなり点数稼ごうとしてんだよ。お前は」
私はフリックに、ブラインはアイザックに怒られる。
解せぬ。
なんなのさ。
「それにしても、よくこの冷房システムが判ったね。うちのへっぽこ騎士団の連中は、稼働させてから初めて判ったようなぼんくらだらけなのに」
へっぽこて。
わかんないでしょ。たしか東方の技術じゃなかったかな。これ。
普通は知らないって。
「私は聖女である前に魔法使いですからね。多少は知識を蓄えてます」
なにしろニセ聖女が使う回復魔法だって、魔法の研究によって生み出されたわけだからね。
人間の皮膚と近いものを魔法で生成して付着させることによって傷の治りを早めたり、人体の抵抗力を高める魔法で病気が早く治るようにしたり。私たちのおこなう奇跡なんて、タネを明かせばそんなもんだ。
「賢者様ってわけだ」
「やめてくださいよぅ。その言われ方は照れるんですから」
造花を胸のポケットに挿しながら私は笑った。
もうね。様付けとか嫌なのですよ。
普通の女の子に戻りたいの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます