第34話 ありふれた言葉


 百万都市のイングウェイに住む人々の租税を一割免除って、すっごい金額になる。

 私からの資金提供があっても、さすがに国王陛下も財務大臣も簡単には頷かなかった。


 しかし、前聖女と現聖女がそろって頭を下げてお願いし、左大臣ハルセムも進退をかけて進言したことで実現した。


 一方的に損を被ったと思ってる平民たちを味方につけ、得をしたと思われている貧民たちに苦労と金銭を与える。

 これがこの作戦の肝だ。


「皆さんはこれで少しだけ楽になると思います! その上で、少しだけ私たちのお願いを聞いていただけないでしょうか!」


「商家の皆さん! 浮いたそのお金でスラムの人を雇ってあげられませんか! 工房の皆さん! 浮いたそのお金でスラムの人に技を仕込んでいただけませんか!」


 口々にメイファスと私がお願いする。

 そしてこれがもう一つの肝、聖女からのお願いだ。


 元々、聖女への親愛はものすごく篤いからね。新旧二人が頭を下げるんだから、王様だって民草だって一応は話を聞いてくれる。

 まあ、そもそもの話をすれば、聖女ってのは不敬罪が適用される存在だからね。王族以外で唯一。


 その聖女が頭を下げてるのに知らんぷりはできない。

 ゼロ地点まで戻してくれたマーチス大臣、私たちでプラスに転化しようじゃないか。


 王宮の前庭に歓声が伝播していく。

 なかには、「うちの工房にくるか?」とか貧民に声をかけてる親方さんとかも見えた。


 良かった。

 たぶん、いまのギスギスした空気を嫌っていた人も多いんだろうね。

 私とメイファスの演説が、関係改善のきっかけになったら嬉しいな。


「聖女様! 俺たちは散々苦労してきました! もっと苦労しろというのですか!」


 最前列に陣取っていた粗末な服装の男性がわめく。

 何日もお風呂に入っていないような垢じみた顔、何本も抜けてしまった歯、典型的な貧民だ。


 あんた何度も国からの支援受けてるよな?

 なんで未だにそんな格好してるんだよ。そのお金で、せめて身なりを整えようと思わなかったのかよ。


 私は思っただけだが、メイファスがすっと前に出た。

 止める間もなかった。


 やばい。ここで罵ったりしたら逆効果だ。

 せっかく掌握しかけた民心が離れてしまう。


「おじちゃん。じつはあたしもすごく苦労したんだ。ちっちゃい頃は父親がすぐ殴ってきてね」

「…………」


 しゃがんで話しかける。

 すごくよく通る、透明感のある声だ。


 民衆が、しんと静まりかえる。


「母親に手を引かれてスラムに逃げ込んだんだよ。でも、そこも地獄だった。その日食べるものもないんだもん。つらかったなぁ」

「…………」


「十二歳の時、初めて春を売らされたんだ。信じられる? 母親が客を連れてきたんだよ」

「…………」


 淡々と語る。

 自らの過去を。


 見ず知らずの男に十二歳で抱かれる。

 ていうかまだ子供じゃん。おととしの話じゃん。

 なんて親だよ。


「怒った友達が母親に殴りかかってね。ひっどい殴り合いの後、二人とも死んじゃった。病院にかかるお金もなかったし」

「…………」


「世の中を恨んだね。なんであたしばっかりこんな目に遭わないといけないのかって。もういっそ死んじゃおうかって」

「…………」


「だけどさ、おじちゃん、もうちょっと頑張って生きてみようよ。きっと良いことあるからさ。ありふれた、誰でもいうような言葉だけど、幸せってくるんだよ。だって」


 そこで言葉を切って、メイファスは私の手を取った。

 高々と掲げる。


「ちょっとメイ」

「だって、あたしもそうだったもん! ユイナに出会えた! この人から聖女はどうあるべきか学ぼうと思った!」


 満面の笑みで叫ぶ。


「だからさ! スラムのみんな! もうちょっと頑張ってみよう! あなたの手を引いてくれる人、案外近くにいるからさ!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」


 民衆が叫び返す。

 それはうねりとなって、聖都全体を包んでいった。


 連呼される私とメイファスの名前。

 すごいな。

 こういう民心掌握は、ちょっと私じゃ思いつかないよ。


 しょせんはニセモノだからね。計算でやっちゃうんだ。

 メイファスは違う。

 本当に衷心から出た言葉だから、ストレートに響く。


「さすが聖女様」

「すぐからかう。本当にユイナに感謝してるのに」


 小声でささやいた私にやっぱり小声で返し、腕を振り上げたまま軽く肩をぶつけてくる。


 わたしもまたぶつけ返した。

 相棒って感じで。





 

 一時間にも及んだ長い演説が終わり、私とメイファスは王宮の中にもどった。


「ご苦労だったな。ふたりとも」


 出迎えてくれたのは、オルライト王国の主権者であるラントール国王陛下である。

 聖王、なんて呼ばれることもあるね。


 豊かな銀髪と見事な髭。

 まさに王者の風格をもったお方だ。


 マーチスの傀儡、なんて陰口を叩かれたこともあるけど、すごく信頼しあっていた四十年来の親友であることを私は知ってる。

 いいコンビだったんだよなー。


「メイファス。そなたの言葉は予の心にもしっかり響いたぞ」

「はずかしいです」


 もじもじするメイファス。

 いまさら照れるなって。


「生きていれば必ずいつか良いことがある。であれば、いま魔王軍に殺されてやるわけにはいかんな」


 快活に笑う。

 そう。じつはここからが本番だったりする。

 魔王軍との戦いに集中するため、国の基をしっかりと固めておく必要があるのだ。


 内乱の危険が去って、ようやく準備にかかれるって感じ。

 まったく何十日ムダに使っちゃったんだか。


「私にできる援護射撃はここまでですよ。陛下」

「判ってる。お前にだけは借りを作りたくなかったんだがなぁ。ユイナールよ」


 苦い顔だ。

 せいぜいおやつをもらい奪いにいくくらいしかしてないじゃん。苦手意識を持たないでほしいな。


「ついでに、娘たちに余計な知識ばっかり与えてるだろうが!」

「まさかまさか。そんなそんな」


「それでごまかせると思うなよ? 王女たちが知恵をつけて大変なんだからな?」

「知識は大切ですって」

「お前のはムダ知識っていうんだ!」



「政治のことはお任せいたします。陛下」


 冗談を言い合う陛下と私に対して、微妙に距離を取っているメイファスが深々と一礼した。

 なんで一刻も早く切り上げようとしてるんだろうね。この娘は。

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