46 決戦前夜 レヴァントとベイガン
夜の静寂に包まれたグランデリアの王都。
一定の時間をおいて対魔障壁の結界が光の線を描き、ドームのように半球状に空に浮かび上がる。
反体制軍の地下基地内において。
石の床には幾何学的な文様で魔法陣が描かれ、壁に立てかけれられる蝋燭の灯りが魔物の息吹のように揺らめいている。
床には数匹の黒い蛇が這いずっており、這った後には不可思議な文字が床に並んでいく。
魔法陣の線はときおり光を発して輝いた。
その中央に立つは全裸のレヴァント・ソードブレイカーだった。
しなやかな肢体は魔法陣の放つ光を照り返し、亜麻色の美しい髪は腰まで伸びている。
そのレヴァントと向き合うはこの場に似合わぬ紺のドレスを着た魔法使い。蛇人族の女、ベイガン・ゼントァオルレ。目は琥珀色で獲物を狙う蛇のように鋭く輝き、膝まで伸びた漆黒の長髪は紺のドレスよりも黒い。
「レヴァント、本当に……やるのか? よほど耐久力に自信があるのか? それとも貴様は馬鹿なのか?」
「いいから、黙ってやれよ」
レヴァントは極秘裏に、魔術による身体強化をベイガンに願い出ていた。その肉体に対する負荷は言われるように危険なものがある。肉体ならずとも精神にも。
レヴァントの今後の役割はグランデリア王族の暗殺であった。
元来の戦闘能力と魔術による身体強化で『それは可能』と彼女自身は踏んでいる。事前に調べ上げた情報や、反体制軍の手駒から冷静に考えても可能であるといえた。
しかし、本能が直観していた。悪い予感がする。
―――― 自身の戦闘力が必要とされる事態が『別に』やって来るはず……
それに対応する為にも、手段を問わず限界まで肉体のレベルを高めておく必要があった。
聖堂の地下にも関わらず冷たい風が吹き抜け、亜麻色の長い髪をそっと揺らすが、心はその風以上に静かで波立つことはない。
ベイガンがその手を水平に広げると、数十本の銀の針が姿を表し宙に浮かぶ。そのひとつひとつが青白い光を放ち振動を始める。
「早くやれ、クソ魔術師が」
言い終わるより早くベイガンの詠唱がはじまり、その数十本の銀の針はレヴァントの身体の様々な部分へと刺さってゆく。同時に、ベイガンの額あたりに遅れて浮かびあがった赤い宝石が、蛇のうねりのような詠唱とともに禍々しい光を放ち始める。
強大な魔力が流し込まれ、レヴァントの身体はビクビクと小さく痙攣する。
「ほお、レヴァント・ソードブレイカー……これを耐えると言うか、なかなか……ここからが地獄だぞ、暗殺者」
注ぎ込まれる魔力量が増大すると、レヴァントの体からは汗が流れおち、背筋が反りかえり天を仰ぐ。
狭い空間をベイガンの魔力が空気を振動させると、レヴァントの筋肉と骨はギチギチと砕け散りそうな嫌な音をたてた。
しかし、うめき声ひとつ上げずレヴァントは耐え抜いた。
体に刺さっていた針は消え、奇妙な硫黄のような匂いが残った。その匂いも空気の流れと共に薄れてゆく。
レヴァントは鋭く息を一つ吐くと姿勢を整え、軽く格闘術の型を流して見せた。格闘については素人のベイガンだが、その動きが人間離れしている事は否応なしに伝わって来る。
「……終わったのか? クソ魔術師」
「見ればわかるだろ……しかし、貴様、美しい動きを……する」
黒い絹の肌着を身につけながら、レヴァントは魔術と共に流れ込んできたベイガンの記憶をたどっていた。
ベイガン自身も幼いころにグランデリア王国の手によって故郷を滅ぼされていた。
沢山の悲鳴があがり、燃え上がり崩壊していく蛇人の村のなかで、彼女は必死の思いで逃走した。
蛇人として迫害を受ける中、何のツテもない所から魔導技術庁の学院に入学し必死に魔術師としての研鑽をつみ、マシロ・レグナードに見いだされる。
その後、マシロが雇用した魔術の師ヒクセルキルプスの指導を受け飛躍的に魔術師としての能力を開花させる。
「おい、クソ魔術師。グランデリア王国が憎いか?」
レヴァントの突然の問いにベイガンは表情をこわばらせる。まさかこのように問われるとは思ってもいなかったのだろう。
「くははは、くはははははぁああ、何を言うかと思えば……貴様も面白いことを……くはははっ」
耳にするだけで精神を病みそうな声だった。
ベイガンの禍々しい笑い声が、空間を歪ませながら地下に響きわたった。
言葉ひとつ返すことなく着替えをすませたレヴァントは、魔法陣の描かれた石の部屋を後にした。
硬い石の床に降ろされてゆくブーツから小さく足音が鳴った。
———— 名も知らぬ両親、そして育ての親である傭兵団長ジン。大切な者たちの仇を討つ
決戦の始まりである。
―――― レヴァントはグランデリア王の暗殺任務を決行する ――――
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