11 マシロ・レグナード
私は、男に組み伏せられている。
抑えきれない喜びが目の奥でむず痒く暴れると、甘い息を吐きたいと唇が開いてゆく。
「俺とこうなることを期待していたのかよ。あんた、やっぱりとんでもねえ女だよ」
男のシャープな黒髪短髪、瞳の色は金をおびた漆黒、整った端正な顔つき。
しかし今は私という獲物を求める一頭の獣にしかすぎない。
心の芯を抉るような、彼の強い視線を私はじっくりと味わう。
彼 ——ミハエル の力強い手が、私の法衣を剥ぐ。
白く透け感のあるショーツとブラのみの姿にされると四肢をひろげられた。
濡れた唇でつぶやく
―――― チェックメイト
私の勝ちだ。
丁寧に手順を重ねていったとはいえ……正直いって『篭絡』の魔術が、こうも簡単にかかるとは思ってもいなかった。
大陸最強の剣の使い手にして王国第二騎士団の団長ミハエル・サンブレイド。
何度も噂で聞いていた。
はじめて会ったのは何年前だろうか。
王国主催のチェス大会で、彼とあたり私が圧勝した。
伝え聞く剣の腕とは真逆のあまりのチェスの弱さに『何故このレベルで大会に出るのか?』と何度も聞いた。
そこからの付き合いになる。
密かに会いチェスの手ほどきを重ねた。
おそろしいほどの執着をみせて彼は取り組んだが、腕前はというと結局は一般人のレベルにとどまった。
不思議な男だった。
食事を重ね、幾度となく言葉を交わすうちに、抑えきれぬ恋心が生まれた。それから幾度となく気持ちを伝えたものだ。
まさか私が男に惚れるなど、考えたこともなかった。
私の心をときほぐし、奥にひそむ淀んだ闇を吹き抜ける風。
この男には、優しさというには大きすぎる、すべてを包み込むような力があった。
冷たく凍り付き、ゆがみ捻じれてしまった私の心を、ふと気づくと……光の中に私を引き戻してくれる……不思議な力。
彼と出会うのがもっと早かったならば、私の人生は間違いなく変わっていただろう。
―――私は、幼いころから軍属である父に連れられ戦場の指揮をとり、しかも前線で戦い白兵戦で人を殺した。それは公爵家の父の『猟奇的な趣味』につき合わせられていただけなのかもしれないのだが。
狂気。
蹂躙。
悲鳴。
黒煙と、焼かれる村を見た。
騎馬の上から、討ち死にする友軍の兵を見た。
血しぶきと悲鳴をあげ、せん滅される敵の兵を見た。
カラスの群れが空を埋め尽くし、その下に積み重なる死体の数を見た。
敵将の首が、私の目の前で切り落とされた。
命乞いする何人もの捕虜が、私の目の前で殺された。
泣き叫ぶ女性を、父は私の目の前で犯した。
『力無き者たちの姿を、目に焼き付けておけ』
父は残忍な笑みを浮かべて、幼い私にそう言うのだった。
気づくと頬を打たれていた。
「おい、マシロ! 何を惚けている、俺と楽しむんだろ?」
頬の痛みと、心の芯を突き破るような強い視線だけで、私はわずかばかり達してしまう。
―――― 目の前には、私に堕ちたミハエルがいる。
背中にはシーツの冷たさを感じる。
そして、乳房にはミハエルの指先を感じていた。
綺麗で繊細で、かつ力強い指先。
その指先は蕩けるような恍惚をともない、乳房から尻へ体中をあますところなく這い回った。
こらえきれず顎がはねあがり、ぞくぞくした悦びに胸の内側がねじれてゆく。
荒々しくも、体の向きを変えられると尻の双丘を打たれる。
痛みが熱を持ち心地よいものだった。痛覚と熱感が、私の体を更にをたぎらせてゆく。
目を閉じてその愉しみに沈む。
だらしなく開いた口から、押し出されるように何度も熱い息を吐いた。
その指を……はやく、ちかづけて。
ああ。
この男が欲しい。
この男の全てが欲しい。
誰にも渡したくない。
手に入らぬなら、誰かのものになるくらいなら。
殺して、しまいたい。
トットット、ガチャリ。
廊下から足音が近づいてくると、誰かが扉をあける。
「マ、マシロ様、さ、探しましたよ。礼拝の時間じゃないですか~、カフカの教徒の皆さんがお待ちです、早く第一礼拝室へ。あ、騎士殿、失礼します、ごくろう様ですっ」
部屋に入ってきたのは、私の秘書官トロティだった。
淫事に惚けた頭にも、彼の声ははっきりと聞こえた。
蕩け切った私の頭が、冷酷なものへ戻ってゆく。
そして、わずかばかりの気持ちの乱れが、魔術による空間とミハエルの支配力を大きく掻き乱した。
「はああっ? おい、マシロ。あんた……なんで、俺の下にいるんだ? 服脱いでんじゃねえよ」
『篭絡』の術が解けたミハエルは叫んでいた。
(防音の結界を張っているから、彼の配下が来ることはないだろうが……)
ミハエルは意識が通常に戻ってしまった。ベッドから飛び降りると、事態を把握できないのか、しきりに首をかしげている。
私は法衣を纏おうともせず、白い下着姿でトロティの元に歩み寄ると鳩尾に一撃をいれる。
「なぜ今ここに来るのだ! 馬鹿者がぁっ!」
痛みにうずくまる姿を見下ろしながらつぶやく。
「おい! 大丈夫か? 君はたしか秘書官の」
ミハエルがしゃがみこみ、うずくまるトロティの肩を抱きかかえている。
「あ、騎士殿、平気です。こう見えても慣れているんで」
「優しいのね、ミハエル。また会いましょう」
今の私は、この抱きかかえられている秘書官にすら嫉妬をおぼえる。いや、それは嫉妬を通り越して殺意に近いかもしれない。
白けた気持ちで法衣を羽織ると、部屋をあとにした。
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