10 遺跡都市カフカの朝 後

 ―――― マシロ・レグナード


 俺の視線が彼女を捕える。

 エルフ並みの美貌と腰まで伸びた美しい銀髪、深い紺色の眼が力強い。

 白地に青の刺繍が入った法衣をまとい司祭長は悠然と、俺のベッドに座っている。


 その姿は窓から差し込むカフカの朝日に照らされ、一枚の絵画のように美しい……のだが、神に仕える聖職者の法衣なのに豊かな胸が強調されている。

 しかし、いまはそのような気分ではない。


「あんた俺のベッドで何してんだ、どうやって部屋にはいった!」

 副官達が駆けつけて来ては面倒なので、声量をおさえてどなりつける。


「ミハエル、カフカに入ったのならば、どうして私に挨拶にこないのですか?」

 すました顔をしたあげく、あらぬ方向の返事を返してきた。


「おい、俺の質問に答えてないだろ! 俺の部屋で何をしている、どうやって部屋に入った」

 この女はなんだというのだ、本気で怒鳴ってしまいそうな自分を押さえつける。


「貴方の怒った顔も素敵ですわ。パートナーですもの、私が貴方の部屋にいて何の問題が?」

 マシロの指先がドアを指す、俺の背後で開いていたまま扉が閉まる。何かの魔術行使なのか。

 その態度は冗談なのか本気なのか、読めない所が怖い。


「パートナーじゃないだろ、NOだ、とにかくすべての返事はNOだ。騎士団は暇だが俺は忙しい、あんたにつき合っている時間はないんだ」

 俺は、ぶっきらぼうに言いかえす。

  

 俺自身に公式な仕事は入っていない。レヴァント奪回の案をじっくりと練るべく配下を選別してカフカの図書館に籠ろうと思っていたのだ。

 

 カフカには現在『超古代兵器』の発見にともないグランデリア王国の指導階級から、有力な地方貴族、発言力のある商人など様々な者たちが集まりつつある。しかし、まだここにたどり着いていない有力者も多く、足並みは恐ろしいまでに揃っていない。

 そのため要人警護の仕事の人数は足りていた。



「部屋の鍵は、普通に宿の支配人から借りましたわ。あと、この部屋には防音結界も張りました。

 私に乱暴を働いていただいてもかまいませんわ」


 ベッドからゆったりと腰をあげ、マシロは近づいてきた。


「バラをどうぞ、カフカの市場で買ったものです」

 自身の胸にさしてある青いバラを抜くと、俺のシャツの胸元に飾る。


 胸に手を当てたまま、彼女が祈りをささげると花びらは赤色に変わる。

 「ふふふ、ミハエルには赤が似合うわね」


 瞬間。

 俺の喉元に刃を突きつけてくる。

 刃先に、研ぎ澄まされた殺気がまとわりつく。

 法衣の中に持っていた、儀式用のナイフなのか。


「さて、私の質問に答えてないわ。

 どうして私の元にご挨拶に見えなくて?」

「知るかよ、俺はあんたの部下じゃないんだ。騎士団は教会組織の管轄じゃねえだろ! 猫だって知ってるぜ」


 言い終わるより先に刃筋が走っていた。

 反射的に、身を引いてかわす。

 同時に腹に打ち込まれる突きを、しっかりと片手で押さえる。


「馬鹿ね、冗談に決まってるでしょ。

 私も寂しかったんですから、責任とってくださいます?」


 言ってることもやってることも、洒落にならない。

 並みの男なら頸動脈を切られ血の海へ沈んでいるところだ。


 口元だけで笑う彼女に対し、俺はやけくそ気味に笑みをうかべ返す。

 なんだよ、朝からこの事態。


「とりあえず、そのナイフと拳をしまおうか?」


 一歩さがり、宿に備え付けの木の椅子に腰を下ろした。

 マシロも窓際に場所を移すと短刀をを白布で拭き、わざとらしくもカフカの街並みに目をやっている。


「あんた、聖職者にしては、格闘術も一流じゃないか?」

 美しい横顔だ。大抵の男は見るだけで心を持っていかれるだろう。

 

「幼子のころから、前線に指揮官として立っておりましたから……軍属である公爵家の父に連れられて」


 ほんの一瞬だけ、マシロの眼が影を帯びるのを俺は見逃さない。


 ―――教会組織の美しくも若きカリスマ。

 しかし彼女の心を支配する闇の深さを知る者は、この国に誰一人としていないのだろう。


 それは、俺がこの女を突き離せない理由のひとつになる。しかし、早いところ今日は帰ってもらいたいのだが。


 「わざわざ、ここまで来た。あんたの本当の要件は何だ?」

 

 マシロを包む空気が再び張り詰める。

「ミハエル、もう一度聞く」

「……何を?」

 何を聞かれるかは、わかっている。何度も、聞いている。

 

「大陸一の剣の使い手、お前の力が欲しい。

 第二騎士団をもって私の指揮下に入れ。


 聖堂の光たる神の御名のもとに、王国上層部から腐敗し切った貴族政治を一掃する。教会組織が権力を持った新しい国家をつくるのだ」


(誰が聞いているかも分からないのに、危険な話を……まあ、そのために防音結界を張ったのだろうが)


 それでもマシロの眼は覇気を帯びた、美しい眼だ。

 今の王国に、指導者としても、戦闘者としても並び立つものはそうもいない。

 

 彼女に二千の兵があれば、王都の武力制圧も可能だろう。


 しかし俺は息を吐くと、首を左右に振る。


「最初から言ってるだろ、返事はNO! いいか? 返事はNOだ。いくらあんたに崇高な理想があろうが、王都の要人を何人たらしこんでいようが、あんたのやり口は気に入らねえ」

 

 王国の指導者や聖職者たちの腐敗もひどいものがある。国内外、大陸の各地で今も数えきれぬ戦乱騒乱が勃発している。傭兵団の壊滅も必ずその腐敗が関係しているのだろう。

 しかしそうであったとしても、反体制軍の動きも活発化している中で、マシロにまで武力による革命運動をおこされてはたまったものじゃない。

 

  正直に言うと、国や大陸の世界平和などどうでもいい。

 傭兵団の仇を討った後、レヴァントと田舎で平和に暮らせればそれでいいのだ。

 

 マシロの肩にそっと手を置く。

「……それにな」

 彼女の法衣に密着するまで身体を寄せ、耳元まで口をちかづける。


「マシロ、あんたの動きは騎士団総帥に筒抜けだ、おそらく配下に密告者がいるぜ」


「心配していただけるのね、嬉しい。もちろん、密告など想定内ですわ」

 マシロは何事も無いように、しかし嬉しそうに笑うと俺の頬に手のひらをすべらせてくる。彼女の美しい白絹の手袋は、肌触りのきめが細かい。



 急に頭の中で金属音がひびいた、目の前が赤くなった。

(なんだ? これ)


 黒く激しい、獣のような情動がわき上がると、マシロの体を抱き抱えるとベッドに叩きつけ押さえ込んでいた。整っていた白いシーツがグシャグシャにみだれてゆく。


 マシロの表情には驚きの色が見えない。

 むしろ、その瞳には薄暗い悦びが浮かんでいるようにさえ見えた。彼女の視線は鋭く、まるでこの瞬間を待っていたかのように。


 馬乗りに覆いかぶさる。

 マシロお前、こうなることを期待していたのか? 

 とんでもねえ女だな。

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