12 トロティ・サファイア・ホークウィンド

 □


「おい! 大丈夫か? 君はたしかマシロの秘書官の……」

 しゃがみこみ、うずくまる男の肩を抱く。


「あ、騎士殿、平気です。こう見えても慣れているんで」

「そうは言っても」

 慣れているとはどういう意味なのか、あまり考えたくないことだ。

 


「優しいのね、ミハエル。また会いましょう」

 そう言うとマシロは法衣を纏い、手櫛を髪に入れる。短い詠唱を唱え部屋に張った魔法陣を解除する。

 白けたように目も合わせず、かつかつと部屋を出ていく。


 同時に彼女の香水の匂いも、部屋から完全に無くなった。


 

 頭が混乱している。

 部屋にいたマシロと『いつものやりとり』をしていたはずだが、気づいたらマシロは下着姿になっていて、彼女の秘書官が鳩尾を突かれしゃがみ込んでいる。


 さらには、この秘書官もどうやってこの部屋までたどりついたのだ。仮にもここは騎士団長の宿部屋であり、それなりに警備体制はあるというのに。


 (まあ、いいや、難しい事を考えるのはやめよう)


 誰かが死んだわけでもない、暴力事件は発生したが。もはやこの流れの中では、面倒なことは考えたくなくなる。

  

 「いやはや騎士殿、マシロ様がお世話になりました。そして、いつもお世話になっております」

 丁寧に挨拶する秘書官を見ると、本当に殴られ慣れているらしく何のダメージも受けていないようにしている。

 鳩尾に良いのが入ったように見えたが、嘘みたいだ。それとも、急所をわずかにでもズラしていたのだろうか。

 

 そうなると彼の金髪美男子の顔つきが強調されてくる。

 良い男だ、表面上は軽そうだが切れ者にちがいない……マシロとくっつけば絵になるのではないか、そういう思いが頭をよぎった。


「秘書官どの、司祭長の側付きも気苦労がたえませんね。

 どうやってこの部屋に入ったか? は追求しないでおきましょう」

 俺は上流階級の言葉遣いで話す。


「あっあ~、はい、マシロ様の行く先は予想してました。進入、それは従業員通用口から……ですね、コソコソと。そこからルームサービスに大金を掴ませて騎士団長殿のお部屋をお聞きしたんですよ」

 言わずともよいものを、目を細め体を傾け、頭を掻きながら秘書官は説明をした。

  

「マシロ殿を追いかけなくてよいのか?」

「はあ、大丈夫です、ご心配なく。宿の外には頼もしい聖堂騎士団の美人副官さんらが待機してますから。でも、しばらく、ああ一週間は機嫌が悪いだろうなマシロ様、くそ、仕方ないか」

 何かあると一週間は機嫌が悪くなるか……レヴァントもそういう所があったと思いだす。


「時間があるのならば、コーヒーでも飲んでいくか? インスタントだがな」

「いただければ、ぜひとも」


 自分でもよくわからないが、秘書官にはどこか親近感を覚えた。

 秘書官も、少なからず俺に興味がありそうで、互いの口調は時間が経つにつれ砕けたものになっていった。


 ―――― トロティ・サファイヤ・ホークウィンド


 彼の姓、そのホークウィンドを聞いた時には、後方へ倒れそうなくらい驚いた。グランデリア王国では名だたる公爵家だったからだ。


 彼はその公爵家の三男坊であるという。

 超絶的に優秀な兄二人と比べて凡庸な彼は『末っ子として甘やかされて育ったため、社会経験を積む』為に実家がマシロ・レグナード本人に依頼してそば付きの秘書官にさせられたという。


『実務者としても有能なマシロ卿から学ぶことは、計り知れないものがあるはずです』

 挨拶に出向いた際、共にいた彼のがそう言ったらしい。


 マシロの生家であるレグナード家も王国の公爵家であり、ホークウィンド家とは相並ぶ名家だ。はたして単純に『社会経験を積ませる』みたいな理由でトロティを引き受けるもんだろうか? 


 まあ、マシロの『来るもの拒まず』な性格なら分からないでもないが。何かキナ臭すぎやしないかとも思う。

 俺は頭は悪いがカンは働く方なのでな。



 トントントン。

 ノックが三回、三秒おいて用件が伝えられる。


「ルカです。団長に面会を願い出ている小娘がおります。名前は【アリシア=ノヴァ】と申しております。ええ、いつもの小娘です」

 副官からの報告についビクリと反応してしまう。

「はあっ? アリシア=ノヴァだと!?」


 赤茶色のポニーテールに、ポケットが沢山ついたつなぎ服の小娘。

 飴玉を含んだような『その声だけ』は可愛らしいじゃじゃ馬。



 頭の中に割り込むようにして彼女のイメージが描かれてゆく。


 俺は両手で頭をおさえる。

 朝からやけに来客が多い日だぜ、しかも面倒な。


 窓から飛び降り、背を向け軽快に走っていくトロティ秘書官の背中を見ながらため息をつく。

 それでも俺のいるには心地よい風が吹きつけていた。

 

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