43 ミハエルは傭兵団壊滅の真相を知る
マシロの後を追い部屋を出ると、受付前のロビーへ向かう。
『シークレット・リトリート』の受付には、トロティ秘書官がふたりを待っていた。
ミハエルに近づき、封書をひとつ差し出した。
トロティの気配が、遺跡都市カフカで会った時とは違う気がした。
「ごきげんよう……そして、ご無事でなによりです。
ミハエル王国第二騎士団長。
マシロ様より貴方へ、八年前のザンブルグ戦役の真相調査書です。興味があるのではないかと。
魔術を用いましてミハエル様しか読めない仕様になっています。読み終えたら焼失しますので気を付けてくださいね」
この秘書官もまた、魔術の利用には積極的なようだ。
「ありがとうございます、秘書官殿」
礼を言い受け取る。
(傭兵団壊滅の真相……)
八年前、傭兵団が壊滅した事件の真相を、マシロが調べてくれたというのか。実際に調査したのはトロティ秘書官なのだろうが、かなり厳しい調査だったはずだ。
マシロは変化の呪法により、再び庭師の女性の姿になっていた。
秘書官も変化の指輪を持たされているのか、王宮の庭師に姿を変える。その秘書官が扮した庭師が先に宿を出る。
しばらく時間をおいて、姿を変えたマシロは一度だけ俺の眼を見たあとに宿を出た。
結局、受付に頼んで、もう一度個室を借りた。
歩きながら読むような調査書ではない。
重ね合わせた紙と布で出来た部屋の壁。
赤と茶の色しか用いていないため、独特の気分にさせられる。
防音も完全なので、どんなに声を上げても問題なく、盗聴のおそれもない。
窓の外が見えるとこに木の椅子を置き、腰かける。そこで調査書の封を切る。
淡々と、ミハエルは文章を読み進めた。
あまりに簡潔で、端的な内容だった。
―――ジンを団長とするサンブレイド傭兵団は、王国の政争に利用され、証拠隠滅の為、壊滅した。また、将来的に王国に害をなす存在と『王国側』に判断された。
―――傭兵団を壊滅させた隊を指揮していたのは、現在の騎士団総帥であるソルディン。攻撃の指示を出した最高責任者はグォルゲイ・レグナート大法官であり、マシロ・レグナードの父である。
―――文章として残る記録はない。これらはすべて退役軍人からの匿名による聞き取りにより判明した内容である。数名からの聞き取りであるが、証言に食い違いはなく事実と断定できる。
息が詰まっていた。
おおよそ考えていたような内容で、自分が調べ上げて来た情報と照らし合わせても納得のいくものだ。
「あのソルディン総帥と、黒幕はグォルゲイ大法官……マシロの親父かよ。
ジン、傭兵団の皆、ようやく仇にたどり着いたぜ」
大鷲の爪のように顔の前にかかげた両手の指を、力強くにぎりこんだ。
腹の奥底から叫びたい気持ちを飲み込んだ。
―――― 感情に飲まれるな
傭兵団長ジンの言葉だ。
それから長い間、赤と茶の壁を見つめ続けた。
冷たい茶のサービスを頼み、時間をかけて一杯を飲み干した。
それでも激情は、治まることなく地の底から湧き上がり続けてくる。
―――冷静になれ。しかし、必ず仇は討つ。
長いようで短い夜だった。
一晩の時間をかけ、すべての怒りを一滴ずつ腹に飲み込んでいった。
翌朝、『シークレット・リトリート』の裏口の扉を出ると、また副官ルカアリューザが立っていた。
「きっと『裏口から出てくる』と思い皆で警備していた。半数ほどは兵舎に戻っている。
女と情交があったわけでは無さそうだな、少し安心したぞ」
「ルカ……ひと晩中、見張っていてくれたのか。すまないな」
すこし、彼女の頬がふくらみ口角が上がった。
たいしたことはないわよ、という感じで首を左右に振った。
「ミハエル……何かあったのか? いつものお前と顔つきが違うような気がする」
「何もない、心配するな」
そう言い、歩き出す。
彼女には、半歩後ろを歩かせた。かつて俺は見習い時代、同じような感じでルカアリューザの後ろにつきまとい様々な物事を学んだ事を思い出す。
「ルカ姉……いや、副官ルカアリューザ」
「はい」
「あとどれくらい兵舎を占領し立てこもれる?」
「三週間。
団員の士気は高く食料は地下通路からいくらでも補給できます。王国側には私……いえ、我々を支持してくださる方も多く、総攻撃で潰すことなど不可能です。
しばらくは今のまま『形式的な睨み合い』が続くだけかと……ただ、体裁的な睨み合いも三週間が限度かと思います」
言葉を正してルカアリューザは答えた。
「わかった、すまない。俺は色々と調べたいことがあるんだ。
第二騎士団の皆には俺と会った事を伝えてくれ。
王都では、これから一週間を待たずに騒乱が起きる。
その時、『必ず皆の元に駆けつける、市街戦の用意をしておくのだ』そう伝えよ」
(目の前で起きることから、俺は絶対に逃げない)
決意を静かに胸に秘めた。
レヴァントがどうなったかも気になるし、第二騎士団の皆も守り抜かねばならない。
そしてこの王都の平和も、また同じなのだ。
「わかった、ミハエル。皆とお前を待つ。いいか、絶対に無茶をするんじゃないぞ」
ルカアリューザは額をミハエルの背中に押し当てる。わずかに時間が止まったような気がした。
そこから敬礼をし、彼女は離れていった。
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