42 情事の宿で 後編

「レヴァント・ソードブレイカーを、ふたたび刺客として差し向けます」


(なんだと?)


 肩にすり寄せた頬越し、マシロの美しい顔に狂気が乗る。

 うすうす感じていたが、やはりそういう事だった。


「あんただったのか、レヴァントを拉致したあげく暗殺者に仕立て上げたのは」

「ええ、そうよ」


 含みを持たせたような答え。

 悪魔のような、深い闇を感じるような声の響きがあった。

 マシロ・レグナードは、ゆっくりと息を吐き、言葉をつづけた。


「高い戦闘能力を持ち、かつ王国に対して強烈な敵対心を持つ人材を探していたの。レヴァントは丁度いい実験体だったわ」


 もたれかかるマシロを、腕で払いのける。跳ねるように立ち上がり、マシロを見下ろすように睨みつけた。

 しかし、マシロは冷静な態度を崩さず、相変わらずの残酷な笑顔を浮かべる。


「彼女を見つけたのは本当に偶然。貴方の大切な女性だったのも偶然。

 そこから、身も心も王国を壊滅させるための、最強の暗殺者に改造してあげたのよ。

 王国を潰したい。

 それがあの娘の本来の、心の底からの意志なの、彼女からは感謝されて当然だと思うのだけれど」


 俺の胃の中に、ムカムカしたものが湧き上がるのを必死に抑え込んだ。


「あいつに、俺を襲わせて楽しかったか?」

 マシロの口から顎を右手で掴んだ。


「うぐぅ」

 防音設備の整った部屋に、一瞬だけ彼女の声が押し出される。


「ええ、とっても。

 かつての恋人同士が殺し合うって最高じゃない? 

 レヴァントが貴方に勝てるはずはないけれど、万が一レヴァントが貴方を仕留めたら、頃合いをみて私が彼女を殺したわ。」


 口もとを掴まれても俺を睨み返し、マシロは狂気をはらみつつ淡々と喋る。


「俺とレヴァントは『かつての恋人同士』じゃない。今も恋人同士なんだよ」

「何それ……彼女はもう貴方の知っているレヴァントではないのよ」


「二回戦ったけど、あいつは間違いなくレヴァントだったよ」

「いいえ、今はもう洗脳の力で、完全に壊れている。私が壊したの、魔術師に命じて。

 戦闘能力も騎士団員の時とは比べ物にならないわ」


「簡単に壊れるようなヤワな女じゃねえよ、あいつは」


 相手にせず横をむき外に目をやる。白いカーテンが風に揺れている。

 このカーテンも魔術の力で防音効果が施してあり、声が外に漏れないようにしてある。


 マシロは俺の手をはねのけ立ち上がると、くってかかるように俺の両肩を強く掴みゆさぶった。


「いいえ! 壊れているのよ! 壊してやったのよ、私がっ!

 ねえミハエル、あの女のどこに魅力があるの? 


 あれはもうレヴァントじゃない、兵器なの、ただの壊れた暗殺者なのよ!


 壊れた女に……何の価値があるっていうの?」


 狂気と哀願の混じった声が、防音の聞いた部屋に響き渡ると、あまりにも身勝手な彼女に俺の怒りも沸点を超える。

 

 しかし、煮えたぎる怒りと同時に、あの聖霊界の夢を思い出す。

 あの夢……

 今のマシロと同じように、嫉妬と憎悪に狂った大天使センデルフェンの蒼い眼。


 聖霊セラフィニアの涙という宝石『セラフィス・ティア』をいつの間にか握りしめていた。

 悲しい風がそこから吹くと、俺自身の憎悪も共に吹き抜けていく気がした。



 俺はマシロの目をみて静かに答える。


「壊れた女は、あんたじゃないか」


 言葉を聞き、はっとしたようにマシロは表情を崩す、そのままソファへ力無く腰をおろした。

 そこへ俺は正面から覆いかぶさると、マシロの脇のソファに左手をつき顔を近づけた。

 それは額が触れあいそうな距離だ。


「俺とレヴァントの関係に嫉妬するのは仕方ない。

 俺達を革命に巻き込もうとするのも、まあ百歩譲って仕方ない。とても許せる事ではないがな!

 でも、気づいていないのか?

 あんたは自分の正義感かよくわからないが、闇に飲まれ何も見えちゃいねえ。

 あんたが一番大事にしないといけないのは、王国の未来じゃない。


 ……あんた自身だろうが」


  

 右手をそっと頬に沿えると、ポンポンッとはたく。

 柔らかい頬だった。


 「あっ…あ…」

 一筋の涙が流れた。

 .

 しかし、美貌を崩しつつもマシロの眼差しには、いまだ残る強い芯がある。


(マシロ……お前、なんで、こんな女になったんだ)


 その言葉を飲み込んだが、俺の言葉は表情に乗りマシロに届いたのだろう。


「わかってるわ、ミハエル・サンブレイド」


 窓辺に、漆黒のアゲハ蝶が四枚の羽根を広げ、ひらりと舞い降りる。

 マシロが指をさし術式を唱えると、それは炎をあげ一瞬で灰となった。


「次に会うときは、敵同士になりますね」

 覇気のないマシロの声だった。


「俺たちは、敵同士じゃない……出会った時から、そして、はるか神話の時代からな」


 ポケットから取り出した、聖霊セラフィニアの涙の結晶。

 うすい青色の『セラフィス・ティア』を取り出しマシロに渡す。

 必ず彼女の力になるはずだ。


「持っていけよ」

「ありがとう……あなたが私にプレゼントなんて、嬉しいですわ」



 ―――― とおい昔、傭兵団の墓に花を供えてくれたマシロ・レグナードを今も覚えている。

 永劫に忘れることはないだろう。


「もうしゃべるな、マシロ。部屋から、出ていけ」


 マシロは起き上がると、涙も拭かず部屋を後にした。






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