41 情事の宿で 前編

 部屋には白いシーツを綺麗に張られた、大きなベッドがある。

 窓にかかる青いカーテンが乾いた風に揺れ、通りの匂いを運んでくる。


『シークレット・リトリート』の室内は清掃がいきとどいており、心地よい風を二人に届けていた。


 個室を仕切る壁は、厚めの紙と布が重ねられて出来ているのだが、不思議なことに防音が完璧にできるものだった。


 ミハエルは、ゆったりと二人掛けソファーに腰をおろした。


 この宿について、実はなりゆきで何度か利用したことがある。緑のチュニックとエプロンをまとった庭師の女性は、どこか慣れない感じのようで壁際に立ち腰に手を当てている。


「俺は忙しいんだ、早く用件を済ませてくれ。まあ、その姿のままなら、一夜の相手してやってもいいぜ」

「おかえりなさい、ミハエル。予想通り正面から堂々と帰って来たわね。予定よりは遅かったようですけど」



「お前にせよルカアリューザにせよ、けっこう簡単に見つかっちまうんだな、俺って」

「聖堂騎士団の配下に見張らせていましたからね。貴方の配下、第二騎士団も、なかなか優秀な動きで正門を監視していましたわ」


 女性は右手人差し指の指輪を天にかざし詠唱をとなえた。やがて周囲は強烈な白い光につつまれる。


 そしてその姿は、聖堂騎士団長を務める司祭長マシロ・レグナードへと変わってゆく。

 光の中から歩み出たマシロ・レグナードは、ミハエルのとなりに寄り添うように深く腰を下ろした。


「王都の街中では堂々と歩けないのよ」


「変化呪法か、それ魔術師が使うやつじゃないか?」

「魔導具の力のひとつです。魔術師でなくても、身につけるだけで使えるの、かなり高価なものですが」


 教会組織の人間は、魔術をはじめ魔導具すら禁忌と考え異端視する。しかし、彼女はそうではない、役に立つものは何であれ取り入れる柔軟性をもっている。


「帰還早々あんたに捕まるとはな、災難だ。なりゆきまかせが俺の生き方だが、そろそろ考えものだな」

 俺のつぶやきを無視するかのように、マシロはさらに体を寄せてくる。



「本題に入るよわよ、率直に言うわね。第二騎士団の団長ミハエル・サンブレイドは死んだことになっているの、『私の指示』で」

「やっぱりあんたが絡んでいたのか、まったく。面倒ごとはやめてくれ」


「私は、近いうちに反体制側と手を組みこの王都に革命を起こします。私が彼らに、そうするように仕向けているのです」

「はぁぁぁ? さらに面倒くせえ、何だよそれ」


「魔物を呼び出し王都に混乱をおこし、王国と教会組織の上層部を暗殺します。もちろんこれらは、反体制側の暗殺者にやってもらうんですけど……」

「暗殺かよ……自分は手を汚さねえってか。最低だぜ、もう何ともいえねえな」


「更に混乱に乗じて反体制軍が武力行使で王都の中枢を制圧します」


 マシロの横顔をみつめる。

 無表情のようにみえて、その奥には刃のような意志を感じる。


「そこから私の聖堂騎士団と、ミハエル……あなたの第二騎士団で反体制軍を制圧しましょう。

 ダーククリスタルを守り死んだはずだった、あなたの活躍は注目をあつめるでしょうね。

 そして、私達ふたりは王国を守った英雄になるの」


「反体制軍をうまく暴れさせて、それを鎮圧するって話か」


「私が教会組織最高権力である大司教の座につき、貴方を宰相に任命します。領地や貴族としての爵位は私が準備しますし、第二騎士団も宰相近衛兵として再構成しましょう」

「俺が宰相だと? なれるわけないだろ、頭の悪い俺に政治なんてわからねえよ」


「大丈夫です、貴方にはそれだけの器があります。周囲には私の息のかかった者を送り込みますから、実務は少しづつ勉強してください」

「そういった問題じゃない、断る。俺の夢はスローライフだ、田舎農園の大規模経営なんだ!」


 突如、マシロの声が怒気をはらむ。


「あなたの夢は却下する。どうしてそんな呑気なことを……貴方は私と新しい国を作るのです、戦禍のない世界は私と貴方の望むものではないのですか?」


 マシロの鋭い目が、美貌をさらに際立たせている。


(戦禍のない世界か・・・)


 彼女のいう事が、空想ではないことは分かる。

 戦争のない平和な暮らしは民の願い、いや一部の人種を除き、ほぼすべての大陸の人間の望むことだろう。


「もし、あなたが私に協力できないというなら、あなたは死んだままでいてもらいます。第二騎士団は私の配下に取り入れます。

 貴方には刺客を送りますので、確実に死んでもらいます」

「ひねくれてやがるな!  俺が手に入らないなら殺すってか? 殺るなら、今テメエの手でやれよ」


 彼女のいう事は、おそらく本気だろう。もちろん、むざむざ殺されはしないが。


 マシロは目を閉じると、頬を俺の肩にすり寄せてくる。

 体には、彼女の柔らかさと体温が、きめの細かい法衣を通して伝わってくる。


 そして、こう告げてくる。


「レヴァント・ソードブレイカーを、ふたたび刺客として差し向けます。死んでください、ミハエル」


(なんだと?)

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