40 ミハエルは王都へ帰還するが

 ミハエルは、王都グランデリアにようやく帰ってきた。


 周囲を城壁に覆われた、王国の巨大な首都である。

 城壁は堂々とそびえ立ち、さまざまな区画が整備され王都を外敵から守る要塞として機能していた。

 さらに現在は、押し出されるように城壁の外にまで市場が立ち並び、人々が行き交っている。



 王国の門番は厳重に入国者の身分を確認している。


 俺 ―― ミハエル・サンブレイド ―― は堂々と偽名『マイルド・レモンブレンド』を名乗り、騎士団の特殊任務班という偽の身分を告げた。

 偽造身分証はキャスパローズの手によって完璧に作られており、門番はなにも疑わずに通るように合図した。


 騎士団特務班キャスパローズのくれた情報は以下のようなものだった。

 ―――― 俺は死亡扱いになっていて、配下の第二騎士団員はこともあろうか聖堂騎士団に編入とのこと

 第二騎士団は副官ルカアリューザを筆頭に反発の意志を表明し『騎士団宿舎を占拠する』暴挙に出た


 (ふんっ、どうせマシロ・レグナードが絡んでいるに違いない)


 あの夢……

 嫉妬と憎悪に狂った大天使センデルフェンの青い眼を思い出す。

 聖霊セラフィニアの涙という宝石『セラフィス・ティア』を手のひらに乗せて眺める。


 風がそこを通りすぎるたびに、宝石が悲しい声を上げているような気がした。



 久しぶりの王都だ。

 城壁をくぐると、広大な大通りが広がり、人々の喧騒が立ち込めていた。

 城門までの距離もかなりある。

 異国の声も中には聞こえる。建物には色鮮やかな旗が、乾いた風になびいており、露店の商人たちは声高に商品を売り込んでいる。

 どこの都市も似たような風景だが、王都の賑わいは規模が違った。


 王国の騎士団のひとつが騒動を起こしているとは思えぬ平和さがあった。


 王都へ帰還したら、一刻も早く配下の第二騎士団が立てこもる騎士団宿舎に向かわねばならない。


「慎重に行かないといけないんだろうが……」

 思いとは裏腹に、悠然と風を切るように大通りを歩いてしまっていた。




 ―――普通に考えて、あんたは存在を「消された」ぽいところがある。だから、王都に帰って来た時は気をつけろ、危険だぞ


 キャスパローズからの伝言が頭の中で繰り返される、非常に気になる。


 それでも、自然と足は騎士団の宿舎を目指していた。

 風に揺れる第二騎士団の旗『銀の獅子』もともに脳裏に浮かんだ。


 とりあえずは第二騎士団の部下に再会し、生きていることを伝えたい。現在、王国での俺の立場は死亡扱いらしいのだが、騎士団の塔に出向き総帥ソルディンと会えば何かわかるだろう。



 やがて街の賑わいに混ざるように、背後から足並みを揃えて近づく足音が聞こえて来た。その距離はやがて体ひとつ分となる。


 俺は歩きながら、振り返らずに語り掛ける。

 対象以外の人間には、決して聞かれない喋り方だ。


「ルカ……か? 包囲網を抜けて来たのか」


 気配と足音でわかる。

 第二騎士団の副官ルカアリューザだ。

 

 青い髪が風になびく音が聞こえる気がした。そして、気の強い銀のアイライナーが入った眼差しが脳裏に浮かんだ。

 

 衣擦れの音から推測すると、いつもの騎士の軍装ではなく、商人の娘にでも変装しているのだろう。まあ、軍装では目立ってしまうだろう。


「ミハエル、このまま歩くんだ。騎士団兵舎の方へは向かわず、人目につかない路地に入って」


 言われたとおりに進路を変え、薄暗い路地へと五~六歩踏み込み、振り向いた。

 その途端に両肩を押さえられ、しゃがみこまされる。


「何をやってたんだ、皆……お前の帰りを待っているんだ」


 目が合う。


「なっ、俺が死ぬわけないだろう?」


 たいして深刻ぶっていない俺に、ルカアリューザは憤りをおぼえたのか怒りと安堵が混ざった複雑な表情をみせる。

 切れ長の鋭い目には、はじめて俺に見せる涙が溢れていた。

「そういう問題ではないっ……そういう、問題じゃないんだ、馬鹿野郎がっ」


 はるか昔、騎士団に入団した当初。時々だが、彼女がこういった表情で俺を説教していたのを思い出した。


「すまない、ルカ姉……心配かけたんだな」

 ここまで彼女が心配していたとは予想外だった。のんびりと観光しながら帰還するのではなかった。




「我ら第二騎士団の全員が生きていらっしゃると信じていました」

 改めて、膝まづいた姿勢を取り、言葉を告げられる。


「ああ、だから皆に会うまで、俺が簡単に死ぬわけないだろう」

ルカアリューザの青い髪をなで、涙を親指の腹で拭ってやる。


 座ったまま向き合う。


「ミハエル、お前は『超古代兵器』ダーククリスタルを反体制軍から守り、列車から転落……死亡したことになっている。そして今は、第一から第七まで全ての騎士団に、万が一にも師団長が生きて戻ってきたら捕縛するよう命令が出ているんだ」


「なんだと? 俺が死んだことになってるのもおかしいし、生きて帰って捕縛されるのは更におかしいだろ」

「ソルディン総帥も、おかしいと言ってるが、もっと上からの密命みたいでな」


「……」

一体どういうことだ。


「なので、要員をさいて秘密裏に王国の入り口を監視していたんだ。キャスパローズから生存の報告は届いていたのでな」

「そこへ、ようやく俺がのこのこ帰ってきたってところか」

「変な偽名を使って、堂々と正門から帰ってきて、大通りから騎士団兵舎への道を選ぶとは……ふふっ」

 ルカアリューザは手を口元に当てると、すごく嬉しそうに笑った。

 とにかく俺の行動を、彼女は完全に予想していたようだ。



「今も周囲は数名の団員が監視している。ミハエル、今の王国は不穏な動きに包まれてるんだ……それからアレ、さっきからずっと、何者だ?」


 ルカアリューザは、先ほどからチラチラと大通りから路地を覗き込む妙齢の女性が気になっているようだ。

 女性は王宮の庭師の恰好をしている。

 緑色のチュニックとエプロンをまとった赤髪、藍色の花飾りをつけた色白の品のよさそうな感じ。

 当然ながら俺は、ルカアリューザと合流する前からには気づいていたが。


「ああ、そうだ。あちらにいる庭師の女と話がしたいんだ。宿を一室借りたい。そこまで警護してくれ」


 聞こえるようにそういうと、女性が姿を見せ、ペコリと一礼した。

 

 ルカアリューザは冷静さを装いながらも、嫉妬と狼狽を合わせたような態度をみせた。

「宿だと! どういった関係になるのだ! お前、レヴァントという恋人がいながら町娘にまで手を出すとは許さんぞ」

 ルカアリューザは鋭く追及する目つきをみせるが、ミハエルは穏やかに笑った。


「いや、そういうもんじゃない。あの女は大事な友達だ。俺の帰還を待っていたんだろうよ」

 ただならぬ俺の気配に、一時は言葉を荒げたルカアリューザも沈黙する。


 それから、彼女はぬかりなく、宿の一室までをも手配してくれた。





『シークレット・リトリート』


 おもに旅人の宿として利用される。

 しかしそこは、貴族や商人の密会や情事に利用される、多目的の個室でもあるのだ。


 俺は王宮庭師の恰好をした町娘と宿に入る、周囲から見ると完全に逢引きにしか見えないだろう。



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