44 トロティとキャスパローズの情事


 夜のグランデリア王都。

 某所。

 月と星が強く輝く、群青の雲がながれる青い夜。


 そこは警護が効いている部屋であり生活感はない。

 二階以上で窓の外の見晴らしはよいが、魔法の効果で防音がなされたカーテンが光と風をさえぎっている。


 茶髪のやや小柄な女が裸で息を荒げ、うつ伏せに寝そべっていた。白いシーツはグシャグシャに乱れ、湿り気を帯びている所もある。

 男は、女の白く細い太ももの奥から指を離す。

 乱れた吐息に混じる甘い声も、しだいに収まってゆく。


 ここは、そのために用いられている部屋なのかもしれない。


「どうだ? 満足できたか、盗賊頭・キャスパローズ……」

 女のとなりに腰をおろす体格の良い金髪美男子の男、上半身だけ裸だった。鍛えられている筋肉には、いくつもの刀傷があり数々の修羅場を切り抜けてきたことが分かる。


「ああ……いいよ。最高だったよ秘書官殿。これだけの腕があれば女狐司祭長なんてイチコロだろうに、アイツ恰好つけているけど絶対に処女だぜ……あっ、すまない」

 キャスパローズは髪を掴まれゆっくりとシーツに顔を押し付けられた。


「あの人のことを悪く言うんじゃねえ、これは俺の問題だ」

「……なんでアンタ、……惚れた女にだけは腰抜けなんだよ」

 シーツに顔をうずめたままでキャスパローズは軽口を叩くと、男はつかんだ髪を離し女を自由にした。中性的な顔の彼女は空気を求めるように顔を上げ息をすう。


「はははっ……俺は、子供のころからそうなんだ。

 追い詰められると変な事を口走ったり、まあ、惚れた女の前では散々なんだよ。

 お前こそどうなんだ? ミハエル団長とは」

 

男は仕返しとばかりに、うつ伏せに寝たままの小ぶりな尻を平手で叩いた。乾いた良い音が響き、キャスパローズは中性的な顔をしかめた。


「痛っ! もういいんだ、アイツにはレヴァントがいる。あたしの入り込める隙間なんて1ミリもない、こないだハッキリと分かったよ」

 彼女らしい、蓮っ葉でどこか開き直った返しに対して「そうか、野暮なことを聞いたな」と、秘書官は揺れるカーテンを見つめ低い声で呟いた。


 秘書官とキャスパロース。

 心のどこかでつながる部分があった。しかし二人は、身分、出会う場所、互いの立場、様々なものがすれ違いすぎていた。



 グランデリア王都を中心に活動を展開したキャスパローズの盗賊団。十数名の腕利きの集団だった。

 しかし、実質的に裏で操っていたのは秘書官の実家であるホークウインド公爵家であった。


 王都で仕事に失敗いし警備隊に捕縛された。しかし、ミハエルに腕を買われ王国第二騎士団に特務班として編入させられる。

 ただ、当時の配下は雇われず、いまも盗賊くずれの冒険者として暮らしており安定した暮らしではない。

 

 そして彼女とホークウインド家との関係はいまだに続いていた。

 騎士団の秘密情報を流したり、時には法に触れるような事も極秘裏に命じられた。



「なあ、秘書官殿。いや、ホークウインド卿……もう、この関係は」

「待て、俺から言おう」

見上げてくるキャスパローズの言葉を秘書官は強い口調でさえぎった。しかし、その目は威圧的なものではなく、違う真剣な思いがあるように感じられる。

 

「これが『最後の依頼』の依頼、そして依頼金だ」


 一枚の小切手が渡される。それはグランデリア国外の銀行でも利用可能な大陸銀行のものだった。

 打たれている金額にキャスパローズが目を見開いた。


「こ、これって、あたしと配下が一生遊んでくらせる額じゃないか、いやそれ以上の……」

「キャスパローズ、お前にしか頼めない仕事だ。いいか、間もなく王都は大混乱に陥る。どうしても『確保しておきたいモノ』があるんだ」


 そう、どうしても陣営の切り札として確保しておきたいモノが秘書官にはあった。

 マシロの計画は毎回完璧なように見えて、必ずどこかにスキがある。なぜだか分からないが、彼女はそういった女なのだ。

 それが分かっている以上、出来うる限りの備えはしておく。それが彼の仕事だ。


「いいよ、引き受けるよ。盗賊頭として……あたしの最後の仕事だ」

「おいおい、内容も聞かないうちに引き受けるのか?」

 この金額だ、相当な内容の依頼であることは分かる。しかし、キャスパローズは秘書官がどのような男か、十分なまでに理解していた。


「あんたがあたしに頼むんだ。断る理由などないよ……なあ、も一回……」


 キャスパローズは秘書官の口に舌を押し入れると、全体重をあずけて体ごと押し倒した。秘書官が心のどこかで、配下でも依頼人でもない『女としての自分』を必要としてくれているように思えたからだった。

 秘書官の思考は常にマシロ・レグナードで一杯であった。しかし、この時ばかりは思考を放棄して、眼前の白き小さな肢体を責めあげていった。

 





 





 

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