45 プロポーズの回答と悪魔の兵器

 大陸西部。

 グランデリア王国自治領、サーヴァステル港。

 

 白い雲と青い空が反射する海面。

 そこが穏やかに揺れると、羽ばたく数十羽のカモメが斜めに飛び過ぎてゆく。

 心地の良い海風が入る二階の窓から聞こえる、整備された護岸をうつ心地良い波の音。


 しかし、のんびりとした穏やかなものは港の景色のみであった。

 サーヴァステル港の自治権を買い取ったアリシア=ノヴァにとっては嵐のような日々が続いている。

 アリシア社の移転から、大型造船所や製造拠点の建築準備、有力者との会議、買い取った港の騎士団の訓練などに忙殺された。

 

 海沿いの建物を買い取り研究室にしており、四階建ての石と木で造られた建物で、屋上には小さな庭園があり風情があった。


 檜の扉がノックされると良い音が響く。

 「よ~お、ここ数日見かけねえと思ったらココにこもってやがったのか」

 資料の積みあがった研究室で机に向かっている作業着姿のアリシア=ノヴァに声をかけたのは、やはりダークスーツを着たマルセリウス・グラントだった。


 彼女はここ数日ダーククリスタルの魔力開放術式の解明に没頭していた。

 解放術式の解明というと本来魔術師の仕事のようだが、エネルギーの操作という点では実は彼女のような科学技術者の仕事でもある。

 アリシア社の製造する飛空艇もクリスタルのエネルギーを開放することで、浮遊・推進の力を得ているのだ。


 「ちょうど良い時に来たわね……用件は、下で言うわ」

 ひとつの計算を書き終えた彼女は、積み上げられた資料から一枚のメモをとり立ち上がる。

 普段はどうしても少女っぽい部分がどこかにある顔つきなのだが、振り返りマルセリウスを見つめた目には思いつめたようなものがあった。


 「下で」というのは、研究所の一階に作られた小さな船着き場のことになる。

 船着き場といっても、小さな木製の小舟が一艘つないであるだけの即席の艀(はしけ)であって、アリシア=ノヴァがちょっとした時間に手造りで完成させたものだった。


 研究所は港の中心からは少し離れており、大型船数隻と沢山の小型船などの往来が見えた。

 建設を始めた港の時計台や、遠くには灯台の姿も確認できる。この港町はこれから大きく育ってゆくのだ。



 二階から降りて艀の板の上にたち、背中を向けたままのアリシア=ノヴァはメモを片手に持ち、はるか水平線を見つめたまま何も話さない。

 重くなってくる空気を察し、たまらず先に口を開いたのはマルセリウスのほうからだった。


「なあ、アリシア=ノヴァ。

 ちょっと『結婚』ってのは……早すぎると思うぜ。確かに、気は合うかもしれないが、俺たちは出会ってまだひと月そこらだ。それに……」

 アリシア=ノヴァは背中をむけたまま、クスっと笑う。


「……それに? それに何なの? 

『俺はトシだし、テメエはまだ若い』とか言うの? 私の母なんか15の時に父と結ばれてるの。

 こういうのは早い方が良いのよ、子供だってたくさん作れるし」


「こっ、子供だと? 馬鹿いってんじゃねえよ」

 大陸を股にかける武器商人マルセリウスであるが、その顔にはっきりと狼狽が見てとれる。振り返ったアリシア=ノヴァはあからさまに頬をふくらませズイズイと迫る。


「あなた意外とこういうのは決断力がないのね、すこし見損なったわ。

 二十も歳下の純情な娘が求婚してるの。これって天地がひっくり返ってもあり得ないことなのよ!」

 すこしわざとらしい声だったが、十分にマルセリウスの心を刺す一言だった。


「うぐぐぐっ」

 普段は恐ろしいまでにクールでダンディともいえる男の顔は大きく歪んだ。


 アリシア=ノヴァは嵐の夜に助けられた後、彼にプロポーズをした。


 マルセリウスとて彼女に対して好意的なものは多分にあった。その好意は恋愛的なものか? と問われると、やはりそうと認めざるを得ない。

 だがしかし、彼女を大事に思うがゆえに決断は出来なかった。

 結果として『今は決断を急ぐべきではない』と判断していたのだ。


「ま、貴方がしっかり考えてくれてるって受け取るわ。

 でも……今回の大事な話ってのはそこじゃないの」

 彼女はずっと持ったままの一枚のメモをヒラヒラと手で振る。マルセリウスは予想外の言葉に拍子抜けしてしまう。



「それは?」

 一枚のメモ。

 マルセリウスが冷静さを取り戻したように、渋い声で訪ねる。

 

「ダーククリスタルのエネルギー開放術式……

 

 いろいろと忙しくて、式を導き出すのに三日かかったわ。まあグランデリア王国の魔術師たちも束になってかかっているから、向こうもすでに解明してるかもしれないわね」

 表情一つ変えずサラリと言ってのけるアリシア=ノヴァにマルセリウスは驚愕の表情を浮かべる。

 驚くべきことだった。

 グランデリア王国の魔術エリートが集団で研究している内容を彼女は一人で、しかも魔術の専門家でもない彼女が短期間で解明したというのだ。


「テメエ、やっぱ天才かよ……」

「大事なのはここからよ。

 たとえば貴方の金庫に保管してあるダーククリスタルの破片、それひとつでグランデリア王都を壊滅させるだけのエネルギーを約100回は放出可能って計算」

「何?」

 「簡単に言うと、あの小さな破片だけでグランデリア王都を100回灰に出来るって事」

 

 陽射しが少し陰りをおび、カモメの鳴き声が遠くきこえる。

 思わず顔をしかめるマルセリウスは、彼女のまとう空気が変わってゆくことに気づく。

 やがて陽が落ちるあたりの水平線にアリシア=ノヴァは目線をおく。


「グランデリア王都には人間大のダーククリスタルがあるんでしょ?

 これって、もう武器……というレベルじゃないの。

 世界そのものを破壊する悪魔の力なの。

 人間はこういうものを持つと、何もかもが壊れ、狂ってゆくの。

 美しい世界も、自然の摂理も、何もかもが壊れてしまうのよ」

  

 マルセリウスはどう答えていいかわからない。


 ―――― それを使って儲けていくのが俺たちじゃねえか


 目の前にいるのがアリシア=ノヴァでなかったら、マルセリウスはそう答えたかもしれない。


「しかし、しかしだぜ……、テメエが導き出した術式も、いずれにせよ誰かがたどり着き解明されるんだろ。

 悪魔の兵器はもう誰かが作り始めているかもしれないし……結局は誰かが作るんだろ?

 だったら……」

「だったら? だったら、何なのよ! 

 私たちが先に、その悪魔の兵器を開発すればいいの? それって、破滅を抱えて未来を生きていくことになるのよ」 


「…………」



 マルセリウス商会が世界に放っている情報員からも、世界各地でのクリスタルの兵器化の情報が入って来ている。

 アリシア=ノヴァの予想したダーククリスタルによるエネルギー革命は彼女が思い描いていた明るいものではなく、はるかに暗い未来を予想させる悲劇を内包したものであった。

 

 遺跡都市カフカよりグランデリア王都にうつされた『ダーククリスタル』の秘めたる力は彼女の想像を幾重にも超えている。グランデリデア王国は研究をすすめ大陸の覇者となるべく、その力を兵器として行使していくだろう。


 アリシア=ノヴァの胸に暗く重く詰まるようなものがのしかかってゆく。


「なあ、アリシア=ノヴァ。俺は魔術だの技術だのに詳しくはねえんだが……ダーククリスタルの『解放術式』があるなら……逆だ! その逆の『封印する術式』てやつはねえのかよ? 

 力を封印して使えなくしちまえば良いじゃねえか」

 思い付きに等しいマルセリウスの言葉をアリシア=ノヴァは一笑に付した。


「封印消去の装置を作るには、融合の閾値に達する真逆の波動を導き出す必要があるの。さらには依り代として、聖霊の結晶の力を最大限に引き出す装置がいる。

 計算式を導き出して、結晶として閉じ込めるには設備から設計しないといけない。

 術式に到達するだけでも早くて五年、設備づくりからとなると二十年の歳月が必要だと思う……」

 マルセリウスにはとんと理解できない内容の話であった。しかし、それを説明できているアリシア=ノヴァに彼は希望を見出す。


「おい、アリシア=ノヴァ。それって出来ねえ話なのかよ?」

「出来ない話じゃない、とんでもなく難しいって話なの……」


 自信なく立ち尽くすアリシア=ノヴァの姿は、マルセリウスの中の何か頑なな部分をいくつも突き崩した。口が、体が勝手に動いた。


「あの日テメエが語った目指すべき世界、それを追い続けろよ。空の下の美しい世界とやらを守り抜いてみせろよ。

 アリシア=ノヴァ、 俺が、俺がいくらでも支えてやるから」


 包み込むような、静かな抱擁だった。

 

 アリシア=ノヴァは無言のままマルセリウスの体の厚みに寄りかかる。自身の苦悩が和らいだ気がした。

 そのまま潮風を受けながら、彼のコートの裾を掴んでいた。

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