48 マシロとミハエルは王都を守るために出撃する
グランデリア王都。
教会組織、大聖堂の敷地内。
『神輝の塔』の物見矢倉にて、マシロは王都を見下ろしている。
突如、商業区画に湧き上がった瘴気の中から、無数の人型の怪物が姿をあらわしている。
計画通りに作戦は進んでいるように見える。
しかし、マシロの顔は怒りに満ちていた。
「何をやっているのだ。誰が、対魔障壁をこのレベルで開放しろと……」
ベイガンに命じた対魔障壁の開放度は二割だが、様子を見る限りは五割は開放しているように見える。
王都に魔物を呼び出し王室ならび王国司令部に混乱を発生させる。
その混乱に乗じて、レヴァント達の暗殺部隊が軍司令部と大司教を暗殺する。
この混乱こそが狙いであったはずで、魔物による市民の殺生や施設の破壊が目的ではない。
「ゴブリン級の魔物が集団で出てくるものかと思いましたが……あれは大型の武装リザードマン(トカゲ男)ですね、数にして三百はくだらないかと。更にまだ……奥に何か得体の知れない存在がいますね」
隣でトロティが冷静に報告する
ゴブリンが危険Fランクの怪物とすれば、武装リザードマンは危険度C~Dランクである。武装リザードマンに対して一般的な実力の騎士だと、三人がかりでようやく対応できる。
「ベイガンのもとに使者を出し、一刻も早く対魔障壁を閉じさせろ!」
怒鳴りつけ、机をなぐりつけると言葉を続ける。
「国有正規軍は素早くは動けぬ……有能な将軍たちは遠征中だ。第一騎士団に出動要請を出せ! 市民に一人の犠牲者も出してはならぬ。
我が聖堂騎士団も出るぞ、セリーナが準備を進めているはずだ。
王都を守り抜かねばならん」
振り向き歩き出そうとするマシロは腕をつかまれた。
トロティが指輪を手にしている。
手をとられると、右手の小指に装着させられた。
「これは?」
「わがホークウインド家に伝わる<転移の魔力>を秘めた指輪です。非常時には、これで転移(テレポーテーション)して逃げてください……念じるだけで力を発揮します」
「この指輪、これは、お前の命を守るためのものではないのか?」
問うような目線を送るが、トロティは首を左右に振る。
金髪美男子の顔はいつにもまして優しい表情を浮かべている。
「あなたは、つまらない事で命を落としそうだから……市民の命も大事ですが、自身の命が一番大事だというのを忘れずに。
これから何があっても必ず生きのびてください、いいですか?」
再び目と目が合う。
そこに強いつながりがある事を、マシロはまだ自覚できていない。
「……わかったわ」
マントをひるがえし、司祭長でもある聖堂の騎士団長は出撃する。
▢
第二騎士団営舎。
立てこもっていた彼らを包囲する王国側の部隊は、現在完全に引き払っているようだ。
緊急事態が発生している情報を副官ルカアリューザは、特務班のキャスパローズから得ていた。
王をはじめとした王国要人の暗殺が発生。
ついで、短い時間のうちに教会組織の最大権力者である大司教、さらに軍務大臣を始めとした軍部の要人数名が暗殺されたらしい。
つぎに商業区画への魔物の襲撃。
報告によると危険度Cランクの魔物である武装リザードマンの集団が出現している。
王国はじまって以来の騒乱であり、城壁内部への魔物の襲来など歴史上初めての事態だ。
「ルカ! このまま、ここでじっとしていろと言うの?」
第二騎士団の魔術師リオナフェルドが、副官ルカアリューザに詰め寄る。
「お前は……黙ってろ」
ルカアリューザはドンと机を叩いたのみで立ち上がりもしない。鎖帷子(くさりかたびら)だけがジャラッと音を立てる。
副官ルカアリューザの心には何の迷いもなかった。
ミハエルは戻って来る、戦いの指揮官として。
絶対的にそう信じているのだ。
王国の各方面からの出動要請に対し、騎士団総帥ソルディンの出した指示は以下のようなものだった。
第一騎士団は『超古代兵器』ダーククリスタルの警護。
第二騎士団については現在抗争中であり、その場を動くことを禁ずる。
第三から第七の騎士団の総勢五百名が武装リザードマンの討伐、および市民の安全確保にあたるように。
『超古代兵器』ダーククリスタルは第一騎士団の手元にあった。
王都始まって以来の危機のなかで、ルカアリューザたち王国第二騎士団にとっては何もしないまま、待機を命じられたようなものだった。
ただ、この非常時であるにかかわらず、指示を出したはずの騎士団総帥ソルディンの所在がつかめていない。そのため、騎士団全体が小さな混乱に陥っていた。
土煙がたちのぼり、悲鳴や怒号、何かの破壊されるような音が、騎士団員の駐在所にまで届くようになってきた。
その中で副官ルカアリューザと第二騎士団員の眼は、こちらにむかって太陽の光を背に受け、堂々と歩いてくる一人の男をとらえていた。
どこから入手したのか、背中には十本以上の剣を背負っている。
「ミハエル団長!」
誰かが叫び声をあげる。
彼が無事であることは皆わかっていたが、実際の登場には皆の心が奮い立った。
待ち続けていたミハエルの表情はどこか神々しいものがあった。
「皆心配かけたな。さっそくだが、出撃しないといけないようだぜ。帰還お祝いパーティはそれがすんでからだ。
ルカアリューザ、王国の危機だ。騎馬を用意しろ、ありったけの剣を持って俺につづけ!」
引かれて来た馬にのると、駆け出していく。
いつもの事だが、のんびり口調でも行動は早い。
追いかけ続こうとする第二騎士団員の前で、副官ルカアリューザは声を上げる。
「現在、ミハエル団長には王国より捕縛命令が出ている。
第二騎士団員は総員で後を追い捕縛する!
ただし、捕縛の邪魔となるもの、何らかの緊急事態があれば全力で対応せよ!
私、二~五班の五隊で展開する、戦闘時の指示は各班長に任せる!
エリスヴァーレンは通常通り救護に全振り、魔術師は各自判断で行動!
全員騎乗せよ、団長を追え!」
王国第二騎士団の皆が威勢の良い声を上げた。
▢
黒煙と瘴気が渦巻き、人の悲鳴と魔物の咆哮が入り混じる。
青い桔梗の旗を掲げ持つ従者と共に、白銀の鎧を着たマシロは魔物討伐の指揮をとっていた。
武装リザードマンの返り血が、その白銀の鎧の上に鮮やかな模様を描いている。
「商業区画から魔物どもを散らばらせるな! 五名一班を崩さず、一体ずつ仕留めよ」
騎乗で剣をかかげ檄を飛ばし続けた。
魔物の集団が王都で暴れるという事件は、記録を振り返ってみてもない。
数万の兵を擁する軍部は、王族をはじめとした指導者層が暗殺されるという異例の事態で、完全に混乱している。
また、有能な将軍たちは全て遠征中であり、鎮圧のための王国正規軍の出動すら危ぶまれる。
頼みの綱である王国最強の精鋭、第一騎士団を統べるソルディン総帥は行方が分からない状態だという。
駆けつけて来た総勢五百ほどの第三~第七の各騎士団であるが、第三以下の騎士団は下級貴族の寄せ集めの私兵にしかすぎず、市民の避難誘導すらろくにできなかった。
正直言って足手まといだ。
おおよそ三百と思われた魔物の数は、聖堂騎士団の奮闘により百体ほどを討ち取り、数を減らしていたが、自軍の被害もかなり発生している。
「司祭長!
現在、約三十名の重傷者が戦闘現場を離脱しています。軍部と第一騎士団、双方に援軍の要請を出しております。
もうしばらくの辛抱かと!」
返り血に顔を染めた副官セリーナが、騎乗しつつ武装リザードマンの心臓に剣を刺し叫んでいる。
残りの兵力は約七十名、聖堂騎士団の半数は、かつてマシロが軍部にいた頃の子飼いの部下であった。
市民の命は当然のこととして、部下の命も誰一人として失いたくはなかった。
しかし、斬っても斬っても思うように数を減らせない武装リザードマン相手に、配下の騎士の疲労も目立ち始めている。
(援軍など当てにならぬ。こんな時、ミハエルの騎士団がいれば)
苦境など慣れているはずだった。しかし、この戦場で心に浮かぶのは何故かミハエルの姿だった。共にこの場にいてくれたら、どれだけ心強いだろうか。
(ここは我らだけで鎮圧する)
心を奮い立たせようとし、剣をかかげ天を見上げた。
雲の切れ間からは、光がさしている。
(……われらに神の加護のあらんことを!)
その時マシロは、都の大通りを単騎、この戦場に向かってくる一人の騎士の姿を捕えた。
(ミ、ミハエル?)
マシロの白銀の髪を撫でるように、乾いた風が強く吹き、血の匂いを運び去る。
そのミハエルの背後を追うように、『銀の獅子』の旗を掲げた百騎ほどの兵たちが駈けている。
(銀の獅子……王国第二騎士団か!)
「勝てる! 我が聖堂騎士団は神の力を借り、王都を魔物の手から守り抜くのだ! 死ぬことは許さぬ、残された力を振り絞れ」
マシロは天高く吠えた。
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