第三章 王都騒乱 マシロ・レグナードはかく戦えり
47 レヴァントによるグランデリア王暗殺
*脚注 25話でレヴァントの洗脳状態は体内に入った堕天使ルシルフィルの力で解除してあります。更に、魔術により改造された力は自身の能力として使えます。
堕天使の影響を受けつつもレヴァント自身の判断で反体制軍の一員になりすましています。
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◆
太陽が雲に隠れる瞬間がある。
狂気を湛えた暗殺者レヴァント・ソードブレイカーは、グランデリア城の裏門のひとつに姿を現した。
薄く耐久性に優れた黒いボディースーツを身に付け、赤いプレートアーマーを丁寧に装着している。
乾いた風は断続的に吹き続ける。
彼女の姿は雲の影と溶け合い、裏門を守る警備兵たちは、その存在に気付くことすらなかった。
レヴァントは音もなく近づくと、腰に忍ばせた小さな袋から黒い粉を取り出した。滑らかに動く指で魔力を含んだ粉を鍵穴に吹きかけると、複雑な罠が解除される。わずかな瞬間の作業で、彼女は門を抜け中庭へと忍び込んだ。
広々とした中庭では、王宮専属の兵士たちが散らばっていたが、その注意は訓練に向けられており、彼女の影に気づく者はいない。レヴァントは優雅かつ敏捷に、影から影へと移動した。猫のようにしなやかな動きで、中庭を滑るように進んでいく。
だが、次の障害が行く手をはばむ。
鉄壁の護りの内門。
そこはさらに厳重な守りの扉として二重の鉄格子が行く手を阻んでいた。
レヴァントは静かに周囲を観察し、兵士たちの配置を瞬時に見極める。腰の袋から取り出した細い吹き矢が、二度、三度と放たれた。標的となった兵士たちは音もなく崩れ落ち、その異変に気づく者はいない。
赤い影は風となりて滑り込む。
警備が手薄になったその隙を逃さず、迅速に内門へと、巧みに仕掛けを解除して抜ける。
その先には城内の回廊である。
広々とした回廊には、歴代の王たちの肖像画が並び、石の床には厚い絨毯が敷かれ、彼女の足音を吸い取っていた。
回廊の終わりには、大階段が彼女を待ち受けていた。レヴァントの赤色の眼が輝き美しい顔を歪める。
控える近衛兵の数が予想以上だったのだ。
決戦は回避できない。
レヴァントは鋭い目で彼らの動きを読み取り、迷うことなく行動を起こす。刃の閃きが空気を切り裂き、最初の兵士が喉を切り裂かれて倒れた。
もう一人の兵士も腹部を貫かれ、瞬時に沈黙する。
当然ながら近衛兵たちも油断はしていなかった。
応戦。
剣がぶつかり合う音が響き、戦いの火花が散る。
戦士としての速度が違い過ぎた。レヴァントは魔術改造施された肉体で攻撃をかわしつつ、次々と敵を倒していく。
彼女の腕に鋭い痛みが走る。一瞬の隙を突かれて斬られた。
その痛みを無視して、逆にその斬った隙をついて敵を討ち取る。流れる血は彼女の白い肌を染めるが、攻撃の意志は止まらなかった。
短剣が頸動脈を掻っ切る音が聞こえた。
血の吹き出す音と、呼吸音がわずかに聞こえた。
最後の近衛兵が倒れ、静寂が回廊に戻ったとき、レヴァントは次の目標に向けて息を整える。
▢▢
王座の間の隠し部屋。
王座のすぐ後ろにあり、四人掛けのテーブルが一つあるだけの部屋で窓もなく、暗闇である。
そこには王国第二騎士団の特務班で元・盗賊頭のキャスパローズが選りすぐりの配下三人を連れて息を潜めている。王国第二騎士団の者ではない、盗賊団時代の配下だ。
(姉御、本当に暗殺者って来るんですか?)
(馬鹿、しゃべるな。静かにしろ……見つかったら吊るし首だぞ)
隠し窓から見える王座の間、その小さな窓をとおしてキャスパローズはその中性的な顔で睨み続けた。今のところ変わった気配はない。
夜中に、この隠し部屋まで案内してくれたのはホークウインド卿だった。彼からは前金だけでもとんでもない額を受け取っている。
(お前ら、キャスパローズ盗賊団最後の大仕事だ、オレの援護をしっかり頼むぞ)
(((わかってます、姉御)))
キャスパローズはこの依頼が無事に終わったら、盗賊団としての活動にはひとつの区切りをつけようと思っていた。
———— そして王国第二騎士団も脱退する
団長のミハエルには得体の知れない魅力があった。
騎士団の暮らしも悪くない、団員はクセはあるものの気の良い奴ばかりだ。
ただ、配下たちを余所に自分だけが居心地の良い場所にいるのは許せなかった。
盗賊団の配下を、以前よりともに暮らしてきた仲間を、放ってはおけなかったのだ。
配下と共に、報酬金を元手に何かを始めたい、日の当たる場所でまっとうな仕事がしたい。
そんな気持ちが強くなっていた。
▢
レヴァントは深く傷を負いながらも、王城の大階段の前に立っていた。
黒いボディスーツ、赤の戦闘服に包まれた美しい体は切り刻まれ、肌は血に濡れている。しかし、その瞳は冷徹で、大階段の上にある王座の間を見据えている。
背後では倒れた兵士たちの血が絨毯に染み渡り、その匂いが空気とともに漂っていたが、堕天使と共にあるレヴァントの心には揺るぎない決意が満ちていた。
彼女は息を整え、一歩、また一歩と階段を踏み出した。
大階段の両脇に並ぶ豪奢な彫刻も、目の前に広がる荘厳な装飾も、彼女の視界には入らない。
意識のすべては、短刀を握る手指の感覚と、迫る目標だけに向けられていた。
階段を一段一段と登るたびに、傷口から血が滴り落ちる。
肌に感じる血の流れに、腹の中の堕天使ルシルフィルは歓喜の声を上げる。
▢
レヴァントは、重心低く踏み込むと同時に、王の近習五名の頸動脈を掻っ切った。
流れ円を描くように更に数名のアキレス腱を切る。
視線を王座に戻した瞬間、薄暗い隅から現れた最後の守備兵の気配を感じ取った。
王座を護るべく待ち伏せしていたその男は、鋼のように鍛え上げられた肉体と冷徹な眼差しを持つ『王城最強』と称される護衛だった。彼の鎧が鈍く光り、手には巨大な剣が握られていた。
レヴァントは王たちに向けた注意をその守備兵に向ける。その隙に王と妃が王女ハイネを連れて逃げようとしているのが視界に映る。焦る心を抑え、彼女は短刀を構え直し、守備兵との戦いに跳躍する。
「罪業を背負いすぎたな、暗殺者よ。お前は、この国を滅ぼそうというのか?」
守備兵が迫りくるレヴァントに静かに言う。
その声には確かな殺気が込められていた。次の瞬間、彼は猛然と襲いかかる。大剣が風を切り、彼女の頭上に振り下ろされた。
レヴァントは身を翻し一撃をかわすが、その剣の圧に床が割れ、石片が飛び散る。守備兵は再び振りかぶると、レヴァントの肩をかすめる一撃を放った。彼女は瞬時にその衝撃には耐えたものの、肩に深い傷を負い、血が勢いよく流れ出す。
それでも、その痛みが彼女の動きを鈍らせることはない。むしろ、彼女の瞳には冷静さと決意が宿り、鋭く次の一手を見極める。
守備兵が再び斧を振り下ろした瞬間、彼の内側に滑り込むようにして一閃。
短刀が守備兵の脇腹をえぐり、鋼鉄の鎧のスキを貫いた。
「くっ……」
守備兵は呻きながら後退しようとするが、レヴァントはその隙を見逃さなかった。再び踏み込み、立て続けに鋭い斬撃を繰り出す。
その仕留める動きは速く、正確だった。最後の一撃で守備兵の喉を貫き、彼は倒れ込むようにして床に崩れ落ちた。
その戦いの間に、王と妃は立ち上がり玉座の間の奥へと逃げ出そうとしていた。
レヴァントは呼吸を整える間もなく、彼らを追う。
傷から流れる血が彼女の視界を滲ませ、腕も脚も鈍く痛む。
「逃げられると思うな! ジンの仇だ!」
レヴァントの声が低く響き、王の背後に迫る。その言葉に振り返った王は、恐怖に青ざめた表情で妃を抱きしめ、震えた声で命乞いを始める。
妃と王女ハイネは王座より二、三歩歩いた地点で腰を抜かしていた。
「頼む、命だけは……」
だが、レヴァントの手はすでに短刀を振り上げていた。彼女は冷たく光る刃を一気に振り下ろし、王の心臓を容赦なく切り裂いた。王の体は床に崩れ落ち、妃の悲鳴が玉座の間に響き渡る。
その声もまた、レヴァントの一撃で瞬く間に消え去った。
最後に背後にうずくまる王女ハイネを仕留めんとする。
皆殺しの意志はレヴァントのものか、堕天使の思念か。
王女へと振り返る、レヴァント。
その瞬間、キャスパローズが現れ王女ハイネを救出のために抱き抱える。
その小さな体のどこにその力があるのか分からない。
「レヴァント! 何やってるんだっ、何故こんなことを……」
キャスパローズは叫ぶが目線だけを合わせレヴァントの横をすり抜けると走り去った。王女ハイネは叫びを上げ続けたが、キャスパローズの配下が手早く彼女の口に布を詰め込んだ。
配下の放った催涙弾がさく裂し、レヴァントの視界を防ぐ。
レヴァントはキャスパローズを追うことなく、深く刻まれた傷の痛みに意識を集中させていた。
キャスパローズと配下の足音が遠ざかる中、彼女は最後に短刀を自身の血で拭い、太ももの内側で拭くと魔導具を用いて影の中に身を沈めた。
その後に残ったのは、血の匂いに支配された王城と、無惨に倒れた王と妃の遺体だった。
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