18 赤眼レヴァントとの再戦

 この車両の屋根の上。

 そこにレヴァントがいる。


 魔術によって精神を操作され、俺を殺そうと闘志を燃やしているであろう女がいる。


 それでもずっと、列車の揺れに、身を任せ続けていた。

 レヴァントの再襲撃は想定していたことだ。

 俺を魔術で索敵・追尾できる術者が敵にいるのだろうから。


 援護についてきた第一騎士団の十名には、最後尾の車両に待機してもらっている。

 俺が呼んだ場合のみ、今いる先頭車両に応援に駆け付けるように言ってある。

 正直言ってレヴァントが相手では、第一騎士団の精鋭だろうが足手まといだ。


 魔導列車は魔導師が注入した魔力で走行する。

 機械装置が出す余計な音が無い。


 鉄の車両がレールの上を滑る音と、ただただ乾いた風を切る音だけが聞こえてくる。




 ――― 成り行きに任せて生きて来た人生だ


 気づいた時には戦災孤児だった。

 俺とレヴァントは、幼子のころ傭兵団に拾われた。


 共に、戦いに明け暮れた少年時代をすごした。


 見て来たものは地獄の戦場だったが、傭兵団の暮らしには人のぬくもりがあった。しかし、傭兵団は十三歳の時に壊滅した。


 その仇を今も追っている。

 ここだけは、唯一俺の意志が貫かれていると言っていい。


 ――― 傭兵団が壊滅した後は、孤児院に収容される


 孤児院の暮らしは、裕福ではないものの、平和で豊かなものだった。

 戦いのない日常がどれだけ素晴らしいものか……俺はそれを知る。


 人間は血に飢えた獣のような存在であってはならない、そう考えている。

 

 ―――― 十五になった時、騎士団試験に合格し採用される。剣術の才能が評価されたのだ。二年遅れて、レヴァントも同じく騎士団に採用される。


 そこから剣術の才能だけで第二騎士団の団長にまで登りつめた。

 

 貯金をし、早々に退職したあとは田舎に土地を買って、レヴァントと暮らす。

 悠々自適のスローライフを送る人生設計だったのだが。


 もちろん『傭兵団の仇を取った後に』の話だ。


 □


 ひとつ後ろの車両で、物が落ちる音があった。

 熱く重々しい殺気が、焔(ほむら)となって巻き上がるのがわかる。


 降りて来たか。


 車両の連結扉が開かれる。

 吹き込んでくる風と共に懐かしい匂いが俺を打つ。

 美しくも腰まで伸びた亜麻色の髪がたなびいており、その装甲は黒いボディスーツの上に胸当て・ブーツ・手甲は赤でそろえてある。

 

 やはり、月と星の光が強いのだ、挑発的なその顔つきがはっきりと見える。

 

「Welcome…… レヴァント・ソードブレイカー」


 こちらを睨みつけるレヴァントに、俺は腰を下ろしたまま挨拶をした。彼女の目は、やはり赤色に染まっており本来の緑色ではない。


(そうとうに心をヤラれちまってるなあ、レヴァント。心配するな、助けてやるからよ)


「あなた、何故わたしの名前を知っているの?」


 獰猛な顔つきのなかにも、好奇心をかくせない顔つきをみせるレヴァントはどこか可憐でもある。この表情は今も俺の心のなかにある彼女のものだ。

 違うのは眼球の色が緑ではなく、赤である一点。


「知ってるも何も、お前は俺の女じゃねえかよ」


「はあっ? 寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ」

 質の悪いジョークと受け取ったのだろう。顔と唇をおおきく歪めると、短刀を抜き腰を低く落とし突進の構えをとる。彼女の背後から吹く風と共に狂気ともいえる気迫が乗っている。


(来いレヴァント)


 再度の襲撃にそなえて俺の作戦は、すでに決まっている。

 接近戦を試みるであろうレヴァントに対して剣で応戦するように見せかける。そこから、一瞬のスキをつき当て身をいれ気絶させて取り押さえる。


 しかし、レヴァントの放った次の手は俺の予想外のものだった。

 全身が光り輝くと、黒い鉄の車両に赤い光が幾重に反射した。詠唱と共に振りかざした手のひらから火球が打ち出された。そこから火球を追い抜く勢いで俺に迫る。


「ま、魔術攻撃だと!?」

 いつの間に魔術を習得したというのだ。もともと彼女は接近戦を得意分野とする剣士であるというのに。


 放たれた火球を居合で抜いたセリウス鋼の長剣で斬る。しかし、時間差なく距離を詰めて来たレヴァントは、振り抜かれた剣の下をくぐっている。

 まさに呼吸を感じ取られる位置まで、低く詰めていた。

 

 好都合。

 鳩尾ががら空きだぜ。

 つま先を蹴り上げ、鳩尾を突くべく反射神経を走らせた。


 突如、レヴァントの全身がガクガクと激しく揺れと後方ヘ跳んだ。

 理解できない。以前の彼女ならば不可能な身体の制動だ。

 脚を広めにとると、短刀を目の高さに水平に構えている。


 場の空気が、さらに暗く重いものに変わった。目を凝らすと、黒い霧のようなものが周囲を漂っている。


 レヴァントの破壊されたに等しい自我に、さらに何者かが覆いかぶさっている。彼女の心に奥に巣くう憎しみに呼応するように。


 「その石、オレに……よこせぇ」

 彼女の顔に蛇が這うように青黒い刺青のような紋様があらわれる。その紋様は、太く力強いものへと変化していく。おそらく顔のみならず全身の肌にあらわれていると予想できる。


 「な、何だと? 石?」

 何を言っているのか理解できない。しかし、無意識のうちに胸に手をあてていた。胸当ての裏側にはアリシア=ノヴァからもらった例の物がある。


 ―――― このダーククリスタルの破片のことか?


「石、よこせぇ、があぁぁっ!」

 絶叫したレヴァントは歯をガチガチと打ち鳴らし、白目を剥く。その剥いた白い眼球は、血のような赤い色に染まっていた。


 気づいた時には、体当たりを食らい聖布に巻かれたダーククリスタルに打ち付けられると床に落ちた。そこから跳ね上げるように蹴りで転がされる。

 仰向けで天井と床が交互に視界に入り、床と自身の装甲が擦れると、うるさい音がひびく。

 馬乗りに跨られて、顔面に重い拳を打ちこまれた。


 顎の骨が砕けんばかりの打撃を連撃で食らい、脳が揺れると一瞬だが意識が飛ぶ。レヴァントは俺の懐に手を伸ばし、手探りでまさぐるとダーククリスタルの欠片を包みのまま奪い取った。


 そして俺に跨ったまま、包みである聖布を捨てガリガリと硬質な音をたてて数回噛み、ゴクリと飲み込んだのだ。



 

 

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