17 魔導列車

 魔導列車。


 遺跡都市カフカとグランデリア王国間の約40Kmの距離。

 いまも様々な物資をのせ、魔導列車と呼ばれる、魔力を動力源とした無人の車両が走っている。


 その車両は、安宿の一人部屋ほどの長方形に設計されている。そこにベッドや家具を、車両に持ち込めばそこそこ快適な旅が可能となるだろう。


 もともと列車は『トロッコ』といい、鉱山などの採掘現場で、人が押して採掘物を搬送するもので、敷かれたレール上を移動させられる車輪のついた箱だった。



 飛空艇と同じく、魔導列車はクリスタルに注入された魔力を動力源としている。

 詳しく話すと、クリスタルそのものはエネルギー核としての役割であり、そこに魔導技術を持った者(主に魔術師の職にある者)が力の方向性を『術式』といったもので決定づける。




 数年前に魔導列車の開発と鉄道の施設を成し得たのは、魔導技術庁長官の【リフガルド・ヘルグラウム】という四十代の人物である。


 当時、社会の情勢として、未だに魔術は『悪魔のもたらす得体の知れないもの』とみなす向きが多く、魔術を実用的な技術として開発していくのは至難の業だった。



 しかし、思わぬ方向から風向きは変わる。


 教会組織のなかでも大きな権力を持つ司祭長・若きマシロ・レグナードが『魔術とは、神聖祈祷の下位的な位置づけにあたり、神のもたらす恩恵である』という思想を立ち上げた。


 当然だが、魔導技術庁がマシロ・レグナードと通じていたわけでもなく、マシロの本意は分からない。また、教会組織の大半は今も依然として魔術に対して忌避の感情をもっている。


 ただ、この思想は社会を大きく動かした。王国は公的に魔導技術への援助を表明し、官民をまきこんで研究と技術開発が両輪となって回り始めた。



 当初は、水面から手漕ぎの小舟を持ち上げるレベルだった飛空艇技術は、三十名ほどの収容を可能とする船体の飛行制御を可能とした。

 そしてついには数日前、グランデリア王都から遺跡都市カフカまでの、悪天候の中の長距離飛行が達成されたのだ。


 魔導列車の開発も、飛空艇開発と競うように技術革新をすすめ、現在に至っている。



 そして物語は、その魔導列車に任務として乗り込んだミハエルから再開される。



 深夜、車両内には、魔法で灯された黄色い炎のランプがひとつ。

 そして、例の『超古代兵器』称される巨大なダーククリスタルがひとつ。



 俺 ——ミハエル は目を醒ます。

 車両の壁に背を当て、膝を立てて座っている。

 床は冷たい鉄製だ。

 窓から入って来る、乾いた風。

 心地よい揺れに身を任せ、いつの間にか熟睡していたようだ。


 ―――― 夢を見ていた。

 幼いころの夢だ。

 

ただ広い草原で昼寝をしている。傍らには幼いレヴァントがしがみつき寝息を立てている。心地良い風に身を委ね、ウトウトとする。

 ふと目を醒ました時、レヴァントは消えていた。

 立ち上がり呼び続ける。

 青く広く、白い雲が美しかった空は突然真っ赤に染まり、太陽は砕け散った。

 レヴァントを探し、呼び、俺は叫び続ける……



 今の気持ちを、如実に語るような夢だ。

 ふたたび、床の冷たさを尻の下に感じる。


 身に着けてい白銀のプレートメイルは、軽く通気性も良い。さらに魔術による強化も施されており、実質的に鋼鉄製の鎧より硬い。


 壁に立てかけているのはセリウス鋼の長剣を一本と、懐には護身用のダガー。


 目が冴えている。


 顔をあげ窓の外の空を見ると、列車は夜の闇のなかを走っている。

 今は何時だろうか。時間を確認する手段がない。

 それでもよい、明日には王都に到着するのは確実だからだ。


 魔導列車の重たい鉄の音が、一定のリズムを刻んでいる。

 オペラの荘厳な演奏より、機械的で単調なこの音の繰り返しが好きだ。


「しかし、物騒なシロモノが発掘されたものだ」


 俺の目の前にはおびただしい聖加護の符が貼られ、さらには幾重にも聖布に包まれた『超古代兵器』つまりダーククリスタルが鋼鉄台座のうえに置かれている。

 

 極秘裏に地下遺跡から搬送された『超古代兵器』が乗せられた五両編成の魔導列車。

 俺と第一騎士団の精鋭十名が車両に乗り込み、王都へ向け出発したのは日没と同時だった。


 その移送と、魔導列車の運用がスムーズに行われたのは、王国正規軍・騎士団・魔導技術庁の連携が上手くいっているからだろう。



 懐に手を伸ばし、聖布に包まれた破片を手に取ってみる。

 アリシア=ノヴァがマルセリウスから寄贈されたものだが、結局のところ彼女が俺に警護の礼としてくれたのだ。

 レモンの種ほどの大きさだが、聖布の上からでも、おぞましい魔力を感じる。


 アリシア=ノヴァがいうには『堕天使ルシルフェルの怨嗟』が結晶化したものらしい。


 以下はアリシア=ノヴァの見解である。


 ―――― 強大なエネルギーの結晶核ではあるが、負のエネルギーであるため資源利用するには、いちど浄化の手順を踏まないといけないのではないか?

 

 ―――― エネルギーを取り出す研究は進んでいる。しかし、浄化についての手がかりは現在の世界ではまだ何ひとつない……と。 



 窓から入って来る乾いた風を受けながら、昼間のカフカでの話を俺は思いだしていた。



◇◇◇


―――極秘任務だ


昼間、カフカ遺跡調査団の本部。騎士団総帥・ソルディンの詰め所に呼ばれた。

軽装の帷子(かたびら)に身を包んだ彼はそう言う。


ソルディンは王国にある第一から第七まである騎士団の総帥であり、彼自身も王国一と呼び名の高い精鋭・第一騎士団を率いている。

剣の腕とたぐいまれなる指揮能力をもって、田舎の地方領主の跡継ぎから騎士団の総帥にまで登りつめた男だ。


「ダーククリスタルを、王都へ移す?」

俺は聞き返す。思ってもいなかった話だ。


「『邪眼水晶核』は、本日中に魔導列車にてカフカから王都へ移す。俺の提案で、調査団長の承認ずみだ」

 結局のところ、見識者・有力者がカフカに集合して実物を見た上で意見交換がなされることはなかった。

 それぞれに抱えている事情があり、判断は調査団長である王国第一王女に委ねられる事となる。



ソルディンは話を続けていく。

「聖堂騎士団員からの密告があった……マシロ・レグナードが、邪眼水晶核を『神の名のもと』に強奪しようとしていると」


「はあ『神の名のもとに』……ですか」

俺と、ソルディンは二人して苦々しい顔をする。

非常に面倒な言葉だ。神の名のもとに、歴史上どれほどの悲劇が生み出されたというのか。


「聖堂騎士団としては、危険なシロモノを王軍や魔導技術庁に持たせる訳にはいかないのだろう」

「それはそうでしょうが」


ダーククリスタルの保持をめぐって、教会組織と魔導技術庁は泥沼の政争のなかにいることは知っていた。



(それでも、違和感を感じる)


マシロが野心家とはいえ、配下を率いてまで露骨に武力で動くはずはない。

さらに言うと、こんな重大な情報をつかまれるとは考えにくい。


(だとしたら、逆にこちら側がガセの情報をつかませられたとか……)



「ミハエル、王国側としては教会組織とは揉めたくないとの考えだ。

 先手を打つ。反体制軍も水晶核を狙っているとの情報もあるしな」


「まあ、王都へ移せば、どちらも下手に手出しは出来ないでしょう」

「俺の第一騎士団の精鋭十名も、お前の護衛につけよう」


反体制軍や聖堂騎士団が、走行中の魔導列車を襲撃して来るとは考えにくい。あと、第一騎士団の精鋭も俺にとっては足手まといだが、あえて口にはしない。


「王国一の剣士のお前と、王国一の精鋭騎士団が護衛につけば、輸送は問題なく行われるだろう」

ソルディンは俺を見てニヤリと笑った。


「了解しました」

姿勢を正して答える。


(王都への列車の旅を楽しむことにするか)

昼間の時点ではそう考えていた。


第二騎士団員とは、しばしの別行動になる。

団員たちと早目の夕食を共にすると、日没前、単身で魔導列車に乗り込んだのだった。



そして、現在に至る。


闇を走る列車のなか、レヴァントの夢を見たこともあってか、神経は異様に冴えている。


しかし

――― 目がさめた時、すぐに気づいていた。


この車両の屋根の上。

そこにレヴァントがいる。


魔術による精神支配と肉体改造を施された、俺の命を淡々と狙う暗殺者が。







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