7 ミハエル・サンブレイド

王都よりはるか北に位置する、遺跡都市カフカ。


人口は八万。砂漠のオアシス沿いに、砂と石で建造された、遙か古代から栄えた都市。大陸の主要都市を結ぶ文化と交通の要所。

配下から、そう聞いている。

俺は皆が寝静まったころ、こっそりと宿から抜け出し石造りの街並みを散歩する。



ここに配下の王国第二騎士団を率いて入ったのは昨日のこと。





「ここで、敵襲かよ……」

 つい、つぶやいてしまった。


(警備の厳しいカフカに来てまで、反体制側のやつらが仕掛けてくるとは)


 殺気を殺しきれていない。

 いや、俺だからこそ読めるのかもしれない。


「そうとうな使い手だな」


 明かり少な目の三日月とはいえ、暗闇の中の銀河はさんざんと輝き俺を照らし出す。

 暗殺には丁度いい日というのか。


 ―――― 黒髪短髪、漆黒の目に黄金の輝きを宿す男。

王国第二騎士団長【ミハエル・サンブレイド】は石畳の道、石造りの建物、道の脇にそびえたつ城壁、四方に意識を張り巡らせながら、剣の柄に手を伸ばす。


 念のために白銀の帷子かたびらを装備していて良かった。


「女……だと?」


 カフカ城壁沿いの石畳、その闇に赤色の目が光った。

 姿をあらわしたのは、黒のボディスーツに赤い装甲を身にまとった女だった。

 カツカツとブーツの足音を響かせ歩いてきた修道女は、一瞬の気迫を放つ。


 その刹那、空間を切り裂くように、前傾姿勢で突っ込んでくる。


(速ぇっ! しかし、この気は)


 間合いへの侵入。

 短刀がくる。

 即、水平の斬撃。


 女の亜麻色の髪が揺れる。


(この動きと、この髪)


 下から切り上げてくる短刀。

 刃の風切音が、動作より遅れてきこえるほどに速い。


「おい! 何やってんだお前!」

 女に向かって叫ぶ。


 聞こえているだろうが、反応はない。

 短刀を交わしたものの、掌底の突きが来る。

 当てさせてはいけない。


 身を引いてかわすが、真横から短刀が水平に返ってくる。

 手甲を当て、短刀ごと手首を跳ね上げると、女も一歩引いて構えをとる。


 短刀を弾き飛ばすことは出来なかったようだ。

 その手には今も、白く光を放つ刃が握られている。


 後方へ飛び間合いを取る。

 互いに重心を落として、にらみ合う形になるが俺は叫ぶ。


「レヴァント! てっめえ何しやがる」


 返答もなくこちらを睨み続けてくる。

 隠していた殺気も今は全開で俺にむいている。


 女の眼は赤色に光っている。彼女の眼は深く澄んだ緑色だった。懐かしい瞳は彼女のものであるが、いまは彼女のものではない。


 冷静になれ。

 自身に言い聞かせながら攻撃をさばいていく。


 思考がまとまらない。

 三か月前、突如行方が分からなくなった第二騎士団の最強の戦力【レヴァント・ソードブレイカー】


 なぜ俺を襲撃する?


 共に戦場で子供時代をすごし、傭兵団の壊滅後は腕を買われて共に騎士団に引き取られた……相思相愛の恋人だというのに。


「くそったれがぁぁぁぁぁ!」


 必死に行方を探し続けたあげく、その再会がこんな形とは。


「俺だ! ミハエルだ! わからねえのかよ!」


 剣戟が散らす赤い火花が、花吹雪のごとく散る。その下をかいくぐり、何度も何度も叫んでいた。

 

 ◇


 男の姿に、懐かしさに似たものを感じる。

 しかし、瞬時に振り払う。

 腰までのばした私の髪が揺れた。


(この男が王国第二騎士団長 ——ミハエル・サンブレイド—— 死んでもらうわ)


 前傾。

 短刀を手に。

 風を切り、石畳を踏み込む。


 右手で水平に薙ぐ。

 左手に短刀を投げ、持ちかえると、上へと掻っ切る。


 かわされた。


『大陸最強の剣の使い手』と聞いている。たいがいの場合こういう二つ名はハッタリなのだが。


 私の直感がつげている 

 —— コイツは本物の強者だ ——


 足元でブーツが石畳を咬む。

 全身のバネをつかい掌底を打ち込む。


 しかし、掌底はオトリ。

 短刀を水平に走らせる。


(馬鹿な)


 完全に読まれていたのか、私の手首は手甲で跳ね上げられる。

 短刀を離さぬよう握りしめ、体勢を崩さぬように後方へとぶ。


 違和感をおぼえる、いや心の揺れというのか。


 戦いの最中に、なぜ。


 動揺を抑え込み、さらに後方へ飛び間合いを確保すると腰を低く落とし構えた。


 男と睨み合うが違和感が消えない。

 心のどこかが、おかしい。


「レヴァント! てっめえ何しやがる」


 男の放った叫び。

 心臓に硬い針をうちこまれ、そこで時間が止まったような感覚につつまれる。


 脳が言葉の理解を拒否するように、鋭い痛みを発した。


(なっ、なぜこの男は私の名前を知っているんだ)


 その自分に生じた感覚を全否定するように、体が勝手に動いていた。


 風をきる音が耳に入る。

 足元で踏んだ小砂利が砕けるような音も混じる。


 なぜか、彼の背後の三日月から夜空の白い雲まで鮮明に見える。


 男も抜刀していた。


 ふたたび前傾。

 動き出した身体は止まらない。

 低い姿勢から、いくつもの弧を描き短刀を走らせていた。


 名前を呼ばれた時から、頭は痛みを続けて感じている。


「行くなぁ! やめろ!」

 口が自分のものでないように言葉を発した。


 (なっ何を言っている、私は)


 混乱を悟られぬよう、必死に抑え込んだ。


 刃風が舞う接近戦のなか、男の心に潜む純粋な何かを感じる。

 短刀の照り返した光が眼の前を何度もかすめていく。


 夜の静寂に巻き上がる白い砂埃。


 その中にかすかに混ざる、どこか懐かしい汗の匂い。


 懐かしい、男の剣の太刀筋。



 □


「行くなぁ! やめろ!」

 必死の叫びが声になったかは分からない。


 (ここはどこなの?)

 自分がここにいる理由もわからない。


 やめて、どうして?


(なぜ、なぜ私はミハエルと戦っているの?)


 なぜ体が勝手に動いているの?


 止まって。

 やめて、やめてよ、お願いだから。


(私の体どうなってしまったの?) 


 意思に反して腕は短刀を握りしめ、彼の急所を狙い打ち込んでいく。

 ミハエルの表情をはっきりと見ることはできないが、的確に私の攻撃を打ち払い捌いている。


 踏み込み、斬りかかり、呼吸音が聞こえる位置での斬り合い。

 ミハエルの息遣いが、汗の匂いが、その存在が私の体に痛いほどに伝わって来る。


 どうして、私達は殺し合いをしているの。


(動かないで、止まって、止まって私の体、お願いだから)


 ミハエル、私を……助けて。


 私を、とめて。

 ―――― とめられないなら


 私を殺して。


 □



 ミハエル・サンブレイド

 レヴァント・ソードブレイカー


 剣を交えるふたり。


 今ここで思い出すはずもない、幼いころの記憶。


 二人のこころの奥底にある、大切な記憶。


 ―――ミハエル、『負けたら、何でも言うことを聞く』っていうのはどう?


 今でも

 ミハエルは鮮明に彼女の声を思いだせる。

 レヴァントは見つめ返す彼の穏やかな表情を忘れることはない。


 いつも剣の勝負をしていた。


 毎度、ミハエルがわざと負けては色んな事をやらされた……と言ってもたいがいは傭兵団内の雑用みたいなものだったが。


 勝負に勝っていたレヴァント。

 彼女は思いつく限りの要求をミハエルに投げた。


 しかし最後まで、心の奥の望みを、女性としての本当の望みを、告げる事は出来なかった。



 物語は、現在へ戻らねばならない。

 遺跡都市カフカ。


 赤目のレヴァントには認識できないが、正確には三か月ぶりの再会となった二人。


 短刀を手にミハエルの懐に潜り込むレヴァント。

 ついに抜刀したミハエル。


 この世界の月と星の光は、強い。

 しかし、二人の戦いは激しさを増していく。

 




 


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