6 レヴァント・ソードブレイカー① 赤と黒の暗殺者


 『遺跡都市カフカ』

 遺跡の跡地に、切り出された岩で築かれた都市。

 グランデリア王国の主要都市のひとつにあたる。

 大陸の国家間でも交通の要所、文化の混じりあう場所として、重要な位置を担っている。


 この世界の星空は、美しく明るい。

 星空と三日月が照らすのは、乾いた風の吹く夜だった。

 

 都市を囲む城壁や石畳の道には、薄く生えた苔が光り、さらに月の光を受けてエメラルドグリーンに輝いていた。

 所々に刻まれた古代ルーンの文字が灯りとなり、昼間とは異なる独特の空気を生み出す。


 しかし、女のいる石造りの宿、木の床の部屋には小さな窓しかなかった。

 それでも、その窓は十分に新鮮な空気と光を取り入れている。

 

 彼女は生まれたままの姿をさらし、窓辺に立つ。

 亜麻色の髪を腰まで伸ばした女。


 そのしなやかに鍛え上げられた肢体が、三日月の刃のような光を吸う。



 彼女は反体制軍のメンバーとして数名の仲間と共に、この『遺跡都市カフカ』に潜入している。


 カフカでは遺構の地下深くにて『超古代兵器』と言われる巨大なダーククリスタルが発見された為、王国とカフカ自治軍による警戒態勢がしかれている。そのなかで彼女達はニセの身分証を手に、この都市へと忍び込んだのだ。


 カフカ潜入の目的は情報の収集だが、隙あれば王国要人や指揮官級の人物への接触や攻撃を仕掛ける。


 反体制軍幹部には王国側の人物とつながりを持つものもいる。連携しだいでは『超古代兵器』の強奪もけして不可能ではないだろう。



 ◇



 部屋に近づく足音を、私は捉えている。

 それが誰であるかも。


「レヴァント」


 ノックも無しに扉を開け、名を呼ばれる。

 振り向くのも面倒だ。


 呼ぶ声はあの女だ。

 銀の長い髪、白地に青色の刺繍のフード。

 汚らわしい目をした。


 視線は窓の外の夜空から動かさない。


 彼女は反体制軍の上層部のひとりだという。

 時に他を寄せ付けぬほどの存在感を放ち、剣術・魔術ともに戦闘技術は高く、頭も切れる。

 だが、好きにはなれない。


 私と似たところがあるというのは分かる。しかしどうしても、どうしても肋骨の中を虫が這いまわるような嫌悪感がわくのだ。



「レヴァント……今、第二騎士団長が単独で行動しているという情報が入ったわ」


 その声には、かすかに動揺が混じっている。


 そこそこに訓練を積んだ戦士なら、この女の心の揺れなど容易く見抜くに違いない。こんな女が反体制軍の幹部とは、先が思いやられる。

 

ればいいのか? その第二騎士団長とやらを」

 迷いのない返答をかえす。

 私は反体制軍の暗殺者だ。


「……そうよ、支度をすませておいて。詳細はまた連絡が来るだろうから」

 白いフードをまとった女は、その言葉を返すと部屋をあとにした。


 女の足音が遠ざかってゆく。

 しかし、あの女、第二騎士団長に何らかの執着でもあるのか?


 ―――― ならば自身の手で葬れば良いものを。


 ◇


 裸のレヴァントは等身大の鏡を前にする。


 星と三日月の光を吸った身体は白い輝きを帯びており、逆に光を放つかのように思わせる。


 しなやかな筋肉の一つ一つは見事なまでの調和をみせ、その実力は鍛えた戦闘者にのみ見抜けるもので、圧倒的であり美しい。


 そして、どこか高慢な身体である。


 彼女は上から下へ、自分の身体を見つめる。

 腰まで伸びた亜麻色の髪。

 赤い瞳は挑発的な表情を魅力的なものとして引き立て、口角の引きあがった唇は柔らかくも弾みがある。


 ふたつの胸は攻撃的な半球を描きつつも尖っており、ウエストは細い。

 腰回りは豊かな曲線を描いているが、たるんでいる訳ではない。


 後ろから見ると、巨大な白桃を思わせる尻が持ち上がっている。

 全面は黒の混ざった赤毛の陰毛が、獅子のたてがみのように彼女の気高さを象徴していた。


 彼女は黒い下着を手に取る。

 シンプルなデザインのショーツとブラは強靭さと伸縮性に富んでおり、装飾の無さがかえって純粋な闘争心を研ぎ澄ましていくのだ。


 無駄な動きひとつなく身につけてゆく。


 戦闘装備を手にするも、不要な音は立てない。

 薄く耐久性に優れた黒いボディースーツを素早く身に付け、赤いプレートアーマーをしっかりと丁寧に装着した。


 

 彼女は鏡に映った自身を見つめる。

 赤と黒のコントラストが鮮烈に暗殺者『レヴァント』の存在を際立たせている。


 準備が整った彼女は、静かに部屋にとどまる。しかし、その意識は待ち受ける戦闘へと向かっていくのだ。


 ◇


 レヴァントの故郷の村は、彼女が幼いころグランデリア王国に蹂躙され滅ぼされた。


 戦災孤児として彷徨っている所を盗賊団に拾われ、やがて王国を滅さんとする反体制軍に身を置くようになる。


 盗賊団で培った戦闘技術の数々は、彼女を反体制軍のなかでも一目置かれるものとしていた。


 しかし彼女はこう思っている

 ―――― 正直いって反体制軍の思想などどうでもいいものだ、と


 故郷を滅ぼしたグランデリア王国を、その王国の上層部を、自らの手で葬り去ることが出来ればそれでいい。


 ―――― そうだ、この自らの手で


 ただ、彼女は時折疑問に感じる。


 思い出せないのだ。

 故郷の村。

 村の名前。

 それがどこにあったのか。

 どのような村で、周囲の風景はどのようなものだったのか。


 両親の顔。

 兄弟はいたのか、いなかったのか。


 盗賊団の仲間たち、今もどこかで生きているのか。

 戦闘を教えてくれた盗賊団の団長は、どうしているのだ。


 かろうじて思い出すことが出来るのは、その団長と同じ盗賊団にいた兄みたいな少年の顔。

 彼の名前は……?


 ―――― 何故だ、何故にこのような大切な記憶を思い出せないのか。


これは、本当に私の記憶なのか。


 レヴァントの顔は苦痛にゆがむ。 

 考え、問い続けるほどに頭は割れんばかりの痛みを発した。


 暗殺者『レヴァント』は三日月に絶叫する。


 ———— 私は、本当に私なのか と。

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