2 呼ぶ声 ーcalling 

 《おい、どこを見てる、エルフの親子が魔物の犠牲になるぞ》


 訳の分からない声が頭の中に響いた。


 視界のかすみが一気に晴れると、再び元の夜の闇、ここは同じエルフの村……?


「うおおおぉっ!」


 なぜか目の前に魔物の牙が迫っていた。

 さらに立っている場所も違うじゃないか!


 反射神経がしびれた。拳を横から叩き込み魔物を後退させる。


(いきなり、目の前に有翼青狼ブルーウルフが……!!!)


 崩しかけたバランスを両足を踏みしめ整える。

 しかし、思考が現実に追いついていない。


 翼の生えた狼の魔物が、いったん後退したものの再び飛びかからんと牙を剥く。


 顎は大きく、鋭い牙がぎっしりと並んでいる。口を開けると、深紅色の舌がちらつき、唾液が常に滴っている。


 しかし


 ―――― 勝手に、体が動いていた。


 剣が十字に走り、魔物が切り裂かれ鮮血を上げて吹き飛んだ。


(な、どうやって俺は間合いを詰めたんだ? 

 いや、一歩も動いていないはず。剣の放つ衝撃波のみでブルーウルフを斬ったとでも?)


「!?」


 背後の気配に振り向くと、壁際にエルフの母親が幼子を抱いて立ったまま震えている。

 避難誘導はおおかた終了とキャスパーは言っていたが。

 逃げ遅れた、もしくは、こちらが保護できていなかったか?のどちらかだろう。


「あ、ありがとうございます」

 礼を言うエルフの母親に、俺は優しく声をかけ子供の頭を撫でる。


「怖い思いをさせたな、もう大丈夫だ。俺の後ろにしっかりと付いてこい。避難場所まで誘導してやろう」


 周囲を見渡し、樹々の間にも目を配るが、もう直近に魔物の影はない。

 森の精霊の生み出した光の珠が一つ二つと、優しく周囲に集まって来る。


 戦闘の音は聞こえてくるものの、村は静けさを取り戻しつつある。

 討伐完了の気配となってきているのがわかる。



 さて、気になるのは先ほどの。


(俺は、無意識のうちにエルフの親子を守るために駆け寄った? イヤ、駆け寄ったというレベルじゃない『瞬間移動』だろ、それからのブルーウルフを斬った動き……)


 それでも周囲の警戒を怠らず、背後のエルフを気にかけながら一歩、一歩と進んでゆく。


(あれはどう考えても、俺自身の動きじゃねえ)


 □


 巨大な聖霊樹の前に広場がある。

 その聖霊樹の枝に覆われた避難場所にエルフの親子を送り届けた時には、すでに魔物の討伐は終わっていた。

 

 死者は一人も出しておらず、ケガを負った村人にはエリスヴァーレン本人をはじめ医療班で応急処置が適切になされている。


 すでに副官ルカアリューザを先頭に被害調査などの事後処理が始まっており、ここに留まるのも少々面倒な気持ちが生まれ始めていた。



「ミハエル団長~♪」


 声のほうを見る。

 魔術師リオナフェルドがエルフの娘たちと共に、避難している村人にココアを配っていた。

 メガネを掛けているとはいえ、聡明で美しい外見を持つ彼女はエルフの少女らと比べても遜色ない。

 彼女の周りにも精霊の力である光の珠が、淡い赤やオレンジに輝き漂っている。


 リオナの陽気さに引っ張られているのだろう。エルフ達も、今ここで魔物の襲撃があったとは思えないまでに心のエネルギーを取り戻しつつある。


「おうリオナ! 今日の照明弾はまた一段と明るく戦場を照らしてくれたぜ」

 見上げると彼女の放った五個の照明魔術弾が、上空から未だに村を照らしている。


「てへ、ありがとうございます……団長……んんっ?」


 その時。

 リオナフェルドの斜めにカットされた前髪、メガネの奥の紫色の眼が何かを察知する。




 また、眩暈がした。

 頭の中で、蛇が地面を這うような音が聞こえ……その音が切り替わると声が聞こえる。

 はっきりと聴き取れる声が。



《これしきの魔力の流れを読めないでどうする》



 俺とリオナ、二人同時に叫んでいた。


「ここから、離れろ!」

「みんな離れて! はやく、いそいでぇ!」


 リオナフェルドが聡明な顔をゆがめ絶叫する。


 訳の分からぬまま、その場にいた団員とエルフ達は駆け出す。


 手が届く範囲の子供をすべて抱き抱え、リオナを蹴り飛ばした。

 瘦身とはいえリオナは面白いほどの距離を吹っ飛びゴロゴロと転がった。


 飛ばされた先で彼女の呪文の短詠唱が完了する。

 風魔法が発動し、逃げるのに手間取っている者達を柔らかい突風が吹き飛ばす。


 直後、轟音と共に巨大な火球魔法が、頭上を覆う枝葉を突き破り地面を直撃していた。


 枝葉は所々が焼けこげ、火球が直撃した地点は一瞬で爆発した。灼熱が波となって中心から爆ぜ、周囲の空気が打ち震える。

 炎は赤い蛇となり地面を這い回り、熱い空気に絡めとられるように乗せられ上空へ立ち昇った。


 

 爆発の衝撃がおさまるのを待つと、何とか立ち上がり、目の前の光景を確認した。

 リオナフェルドが駆け寄り、呪文の詠唱を始める。ふたたび放たれた風魔法が、周囲の残り火を吹き飛ばし、熱に満ちた空気を冷ましていった。


 火球が直撃した地点は深くえぐられ、巨大なクレーターが形成されている。地面は焼け焦げ、わずかな下草もすべて消失してしまっている。


 それでも、ふたたび精霊の光の珠は樹々の間から、頭上の枝葉から、すこしづつ灯りはじめて宙を漂い始める。



「みんな、大丈夫か!」


 叫び声を上げながら、無事を確認する。まだほんのわずかに燃え続ける残り火の中で、エルフや団員たちは徐々に立ち上がり、無事を確認し合っていた。


 しばらくすると上空に舞い上がった土砂や小石がパラパラと落下して来る。団員達がエルフを安全な軒先や樹木のかげへと誘導していく。



「これ何なんだよ、何の爆発だよ、いったい」

 俺は、鎧に着いた泥を払い落す。


「団長、大丈夫ですか? これ、かなりレベルの高い、遠隔での魔術攻撃ですね。ただ、連撃は難しいでしょうからもう心配はないかと思います」

 リオナフェルドが黒髪をかきあげ、メガネの位置をなおし説明をする。

 

 ハッキリ推測できるのは、どっかの誰かが、遠隔でエルフの村を攻撃したこと。



 

『遺跡都市カフカ』にて『超古代兵器』とやらが発見されたのがつい先日で、王都では調査団が現地に向かうために準備を整えている。


 俺たち王国第二騎士団はその先遣隊として遺跡都市カフカに向かっている途中った。それでも『超古代兵器』など俺にとっては意味の分からぬシロモノだ。

 

 しかし。

 俺にとっては……行方不明の団員。

 いや団員以上の存在、幼馴染であり恋人であるレヴァントの捜索が個人的には何より優先なのだ。


 幼少期を過ごしたジンの傭兵団も、今の王国第二騎士団も、俺の帰るべき場所であることには間違いない。

 ただ傭兵団はもう記憶の中にしか無く、いつか俺はこの騎士団を離れる決意をきめている。


 最後に戻る場所は、レヴァント、お前だというのに。



 騒乱のざわめきがおさまりつつある。樹木の間に、精霊の心が創り出す光の珠の輝きが戻って来る。

 安堵の光に包まれていくエルフの村が目の前にある。



 ———— 心の帰る、安心できる場所か


 その様子を眺めながらそう思った。

 

 


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