80 エンディング2 Amazing grace
雲海を切り裂くように、最新鋭の飛空艇は空高く舞い上がった。
広がる空は群青に
白い雲が絨毯のように
眼下に広がっている。
年老いたアリシア=ノヴァ。
彼女は片手に操縦パネル持つと、風の流れに耳を澄ませた。
彼女の手には、かつての若々しい力強さはもう無いが、代わりに歳月が与えた知恵と穏やかさがその瞳に宿っている。
「見てごらん、リリナ」
アリシアは孫娘に向かって微笑んだ。
小さなリリナはお気に入りの椅子を持参しており、祖母の隣に置いていた。
しかし、椅子にはなかなか腰をおろさず、大きな瞳で目の前に広がる景色を見つめていた。
「あれが、私たちの地上の世界だよ。」
彼女が指さした先には、かつて幾度も戦乱に巻き込まれた広大な大陸が、今や静かな緑に覆われて穏やかに佇んでいた。
平野を流れる川、丘陵を覆う緑の樹々、遠くに見える雪景色の山々が朝陽に照らされて輝いている。
「大昔、あの川の向こうで争いが絶えなかった。多くの人が命を落とし、傷つけ合っていたんだよ」
アリシアは遠い目をして語り出した。
「けれども、時が経つにつれて皆は気づいたんだ。
空を翔け、遠くの世界を見ることで、互いに繋がり、助け合うことができるってね。
でも、そこまでには多くの犠牲と時間が必要だった」
リリナは静かに聞いていた。祖母の声は、特別な力があるように感じた。
言葉の一つひとつが、重みと優しさを持って響いていたからだ。
「リリナ……私も若い頃は、無茶を沢山してきたよ」
アリシアは笑い声を漏らしながら、少し肩をすくめた。
「この空の下で、戦争や取引に命を懸けたんだ。
私が戦争だよ、信じられないだろう?
だけど、今思うと、そのすべてが今の平和に繋がっていたのかもしれない」
アリシアは一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
今でも、マシロ・レグナードとカフカを目指して積乱雲の嵐の中を突破した、あの初飛行を思い出す。
ミハエルと共に世界各国を巡り、平和のための外交を続けた。
しかし、その裏ではマルセリウス・グラントと武器開発の先端を走った。
マシロもミハエル達も、愛する夫マルセリウスも今は思い出の中に生き続ける者になってしまった。
「空には、限りがない」
ふいに言葉が漏れた。
「えっ?」
リリナが聞き返す。
「空には限りがないんだ。
この世界にはまだまだ見知らぬ美しさがあるんだよ。
空の彼方、地平線の向こうには、まだ私たちが知らない景色や、文化や、人々がいる。
だから、リリナ、お前もこれから自分の道を歩んで、新しいものを見つけてごらん。
恐れることはない。空は、私たちをいつだって包んでくれるからね。」
リリナは祖母の手をそっと握った。
「おばあちゃん、私はどうしたらいい?」
アリシアは微笑む。
「リリナができることは、自分自身を信じること。
そして、世界を愛することだよ。
美しさ、醜いもの、喜び、痛み、すべてを……
そうすれば、どこへだって行ける。
どんな風も、お前を運んでくれる」
空はますます広がり、風が二人の髪を柔らかく撫でた。
飛空艇は穏やかに雲の上を滑りながら、遥か彼方の地平線を目指して進んでいく。
「ほら、リリナ」
アリシアは遠くを指さした。
遙か遠く。
知らない国の街並みが小さく見えると、光を反射している。
「あの光はどこかの都市だ。
そして、リリナの未来につながる場所かもしれない。
私たちが歩んできた道を越えて、お前たちはもっと遠くへ飛び立つんだ」
リリナは祖母の隣で静かにその光を見つめた。
世界は果てしなく広がり、そして無限の美しさを秘めていた。
それを知るのは、これからの世代の役目だ。
アリシア=ノヴァは安心していた。
この空は、永遠に続き広がっていく人の心そのものと信じて。
彼女は目を細め空高く舞い上がる太陽を見上げた。
それは、これまでのすべてを祝福するかのように輝いていた。
レヴァント・ソードブレイカー 完
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