27 ミハエルとレヴァントの過去 後編―――傭兵団の壊滅2
(ここはどこなのか。俺たちは助かったのか? 捕らえられたのか? )
縛られてはいない。体に傷もないようだ。
付近に人の気配もあるが、けっして殺気立ったものではない。
上体を起こす。
体には傷も痛みもなかった。
ただ、仲間たちを思うと、その事が心をひどく刺した。
起き上がると、二人の剣も台に立てかけてあった。
レヴァントを静かに揺すると、跳ねるように起きた。
身についた本能だというのか、彼女は中腰に手刀を構えている。
その気配に気づき、白い衣服に身を包んだ中年の男たちが駆けつけて来た。
よく観察すると、それは鎧の下に着る衣服だ。
身に着けている物や雰囲気から、軍の中ではそれなりの身分だと見てとれる。先ほど陣幕の外で、マシロという上官を探していた者たちだろう。
立ててあった剣を手に取り攻撃しようとするレヴァントを、すばやく後ろから抱きかかえる。
「やめろレヴァント。刃を収めろ」
「なぜだ! こいつらのせいで団は壊滅したんだ、みんな死んだ! 死んだんだ!!」
激情をあらわにするレヴァントを、抱き留め必死になだめる。
悪い予感はしない。
縛られているわけでもないし、ましてや剣まで手元に置いてあるのだ。
(この者たちは、いったい?)
ミハエルは疑問を抱きながらも問う。
「私はサンブレイド傭兵団のミハエルだ。すまないが、どなたか彼女を押さえていただきたい、まだ彼女は気持ちが整っていない。まずは、あなた方と私で話をさせて欲しい」
男たちにレヴァントを引き渡す。
レヴァントは両腕を男に抑えられた。その顔つきは美しくも、狂気に満ちた狼のようだ。
彼女の剣は、俺に渡された。
「レヴァント、見苦しいぞ、状況の判断が先だ。感情で動くんじゃねえ、いつも団長が言っていただろ?」
「……」
団長の名を持ち出すと、レヴァントは静かになった。
「ミハエルというのか君は。そしてそちらはレヴァントさん。私たちは、グランデリア王国軍の第四部隊の者だ。警戒しないで欲しい、マシロ・レグナード副長官の命で戦災者や孤児を保護している。
君たちは傭兵団の生き残りとして我々が保護したのだ」
「保護?」
つまり虜囚ではない、敵として捕らえられたのではないようだ。
「君たちは王都の孤児院まで、護衛付きの馬車で送り届けよう。着替えも食事もあるから心配するな。もちろん、保護を拒否する権利もある、どうするかは君たちに任せるが、悪い話じゃないぞ」
両側から体を押さえられながらも、レヴァントは男を睨みつける。
「誰がっ、王国の保護など受けるか! 私は団の仇をとるんだ!」
叫ぶ彼女を観察する。荒々しく吠えているが、内心はすでに冷静さを取り戻しているようだ。とりあえずは大丈夫だろう。
「わかった、救護していただいたことは感謝します。率直に聞きたい、我が傭兵団を襲ったのはあなた方か?」
問いつつも顔を動かし、レヴァントの目を見る。
目線で理解する。
考えは同じだ。
―――返答によっては、即、戦いを挑まねばならない。
殺気をしずかに腹の底にひそませる。
彼女が本気をだせば、すぐに両側の男など振りほどけるだろう。
「われらが襲った?」
中年の男は不可解な顔をすると返答を続けた。
「『友軍の砦と、雇用した傭兵団。このふたつが敵国軍の急襲を受け一夜で壊滅した』と副長官から聞いて負傷兵の救護に駆けつけている。なぜ、われらが傭兵団を襲ったことになる?」
ミハエルは言葉に注意を払いながらたずねた。
「本当に我が傭兵団を襲ったのは、敵国軍なのですか? それを信じよと?」
「その証拠はない。ただ、そう聞いているし、我々としてもそうとしか言えない」
中年の男の目の奥を見るが、嘘を言っているようには見えない。
軍人として実直な瞳だ。
レヴァントも俺と同じように、彼の言葉をとりあえずの真実と捉えたのだろう、体の殺気が一段おさまった。
(俺たちが攻略した砦の兵は、反乱をおこした一部隊ではない? そして俺たちを襲ったのは、王軍ではない敵国軍だと?)
考えがまとまらない。
傭兵団長のジンが斥候から聞いた話、そして、自分の予想とまるで違う。
俺達は、大きな何かに巻き込まれたのか。その結果、傭兵団は壊滅したというのか。
俺は冷静に、ひと呼吸をおく。
「答えていただき、ありがとうございます。わかりました。王国で私達を保護していただけるなら、ありがたいことです」
「ミハエルっ! なんで王国なんかに!」
信じられないという目つきで、レヴァントが睨みつけてくる。
仇となる存在がはっきりしない以上は、どうしようもない。
今の状況にふりまわされず、最善の手を打つしかない。
「もうひとつ聞きたいのですが、生き残ったのは俺達だけなのですか?」
軍人の男は目を逸らさず、しかし、これも誠実な態度で答えた。
「答えにくいが、そうだ。君たちにとっては辛いことだろうが……事実としての生存者は君たち二人だけになる」
「……」
体の奥、心の中に大きな杭が撃ち込まれるような衝撃がくる。心のすべてを根っこから地の底へ持っていかれるような気がする。
生まれた時から戦災孤児だった、その時から全てを失っていた。
そしてまた、失ったのだ。
「うわぁああああっん…………」
レヴァントが叫び声をあげ、涙をながす。
俺は上を向き、湧き上がる叫びを必死に押し殺した。
「すみません、とりみだして」
「いや、しかたあるまい。傭兵団の者たちの亡骸(なきがら)は、副長官の指示でひとつの墓碑にて埋葬してある」
「副長官殿の、ご配慮に感謝します」
俺は拳を握りしめ、涙が流れるのを感じた。
レヴァントは、嗚咽をあげ泣き続けている。
「もう、大丈夫です。彼女も……そのレヴァントも放してもらえるとありがたい」
両腕の拘束から解放されたレヴァントは、涙と共に両膝から崩れ落ちた。
俺は、そばに寄りきつく抱きしめる。
まだ小さい体は、計り知れない悲しみを飲み込み小刻みに震えている。
「ミハエルといったか、傭兵団の件はさぞ無念であろう。お前、歳は?」
「十三です」
中年の男は顎に手をあてて、俺の体を上から下へと眺める。再び目を見ると小さくうなづいた。
「そうか、剣技を磨き抜くといい。十五になったら騎士団の見習いに志願できるぞ」
「騎士団の見習い?」
「実力次第だが、ある程度までは出世できる。お前からは何かを感じる。生きるんだ、ミハエル、亡くなった傭兵団の者達のためにも」
「生きる……傭兵団の者たちの為に」
◇
翌日、旅立ちの前、団の仲間たちが埋葬された場所に足を向ける時間をもらった。
草が海からの風になびく小高い丘には、小さく土が盛られているだけだった。
「この花は?」
青い桔梗(ききょう)の花が束として手向けてある。
「マシロ副長官が、ささげられたのでしょう」
昨日から世話を焼いてくれる、中年の軍人はそう答えた。
「マシロ副長官?」
マシロ・レグナード。話によると、若干十八歳、公爵家の長女でありながらも父と共に軍の指揮をとっているという。『国を良くしたいという、理想に燃えた』軍人らしい。
その名前は少年であったミハエルの心に深く刻まれる。
海からの風は湿度を持ち、重いものだった。
墓標を見つめるレヴァントの目は、生きている団長たちを見る目と変わらなかった。
◇
ミハエルは、当然のことながら気づくことはない。
一人の軍人にすぎない中年の男は、少年ミハエルを前にひとつの予感を抱いていた。
(未来、このミハエルと副長官マシロ様が共に手を取り合う時が来れば、この腐敗した王国を変えることが出来るかもしれん)
ふと心をよぎったその想いは、やがて日々の雑務に忘れ去られてゆく。
それでも未来を想う気持ち、そして予感は風に乗り高く舞い上がると星になる。
―――― 忘れてはいけない、人の想いが創り出す夜空の星々
それがミハエルの、マシロの、そしてレヴァントの運命の流れを生み出してゆくのだ
そして、その星々のはるか彼方には、美しき神と天使の世界があるのだ
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