第39話 (完結)ほら、あーん

 ロベルト王子は有言実行の御方であった。

 王宮より帰宅した翌日以降、ライナス王子を大学構内で見かける機会がグンと減った。伝え聞く限り、授業の単位だけは何とか確保されているらしい。


 久々にお会いした際、ライナス王子ご本人からお聞きした話によると。

 ロベルト王子の公務のいくつかを肩代わりしている――そう仰っていた。

 特に遠方への訪問行事がライナス王子の仕事になっている、とのこと。


「しかもさあ、オマケみたいに治安維持部隊の副代表までやらされて……。副代表ってなってるけど、兄貴、今ぜんぜん治安維持部隊の代表仕事してなくてさあ!」


 やってられない、と言わんばかりにライナス王子が首を横に振りながら、続けざまに不満を訴え続ける。

 

「俺が首都から離れてる時だけ、思い出したみたいに色々指示出してるけど、それ以外は俺に丸投げ! なんでもやるとは言ったけど、手加減ってものを知らないんだよ、兄貴……」


 ――手加減なさるロベルト王子というのも想像つかないな。不謹慎ながら笑ってしまった。

 

 後日、ホセ氏から聞いた話であるが。

 ライナス王子の『呪い』は、治安維持部隊としても都合がいいらしい。

 

 贈収賄を持ち掛ける不埒な輩が減ったのは、ライナス王子の『呪い』を恐れての事だろう――とホセ氏談。

 

 ライナス王子ご自身はさほど乗り気ではなさそうだが。

 近い将来、ライナス王子の肩書きから『副』が外れるのは確定的、と見られているようだ。


 ――私もまた大学に通いつつ、ロベルト王子からの要請に忙殺される日々を過ごしている。

 最も、ライナス王子と比べれば。取り立てて言うほどのことでもないけれど。


 ライナス王子が定期的に赴かれている、遠方訪問。

 それに合わせて、訪問先の情報について事細かに確認を求められるようになっていた。

 

 依頼人はロベルト王子であったから。

 実際に遠方地へ向かわれているのがライナス王子であることは、ライナス王子ご本人よりお聞きするまで知らなかったけれども。


 加えて。

 ロベルト王子より、様々な場で来賓者へ手渡される贈答品の選出についても、かなりの時間を割いている。

 

 私自身の知識だけでは足らず、また父親の帰宅タイミングと折り合わない案件も多くあり。

 結果、父の会社の人に助力を仰ぎながら。私自身が、商人の真似事をする羽目になっていた。


「こりゃ、会社の次期代表はミヤ嬢かねえ」


 会社の人にそんな軽口を叩かれても、以前ほど嫌な気はしない。

 意外と、経営には数学も使うのだ。父親に言われるがまま跡取り婿を迎えるつもりであった頃の私は、その事実を知らなかったのだが。


 ――しかし。私やライナス王子が、ロベルト王子より言い渡されている様々な案件は。

 元は全てロベルト王子がお一人でこなされていたものらしい。

 何でもできる人というか、何でもご自身でやってしまう方だったのだな、ロベルト王子……。


 我々に業務の一部を受け渡されたロベルト王子は。

 それにより生まれた空き時間を用いて、有象無象の政治計略を全て握り潰されているらしい。……結局お忙しい方なのだ、ロベルト王子は。

 否、時間があれば何かしら仕事をしてしまう、と言い換えてもいいのだけれど。


 しかし意外なことに。

 ロベルト王子は、私の水色の髪を利用せずにいた。

 

 王宮客間での直談判の際、私の髪色も利用すると仰っていたのに。

 今後なにかあれば水色の髪色が使われることもあるのかもしれない、が。現時点では何も分からない。

 

 ロベルト王子が私の髪色を利用せずいるのと同様に。

 私の髪色を利用しようと画策する輩についても、今のところ私の目の前には現れていなかった。


 ……理由は分からない。

 ロベルト王子の懸念が外れただけなのか。

 それとも私の髪色を狙う輩の話題など、ロベルト王子による『脅し』でしかなかったのか。

 

 或いは――ロベルト王子、そしてライナス王子が、何かしら王宮で暗躍されているのか。


 ライナス王子やホセ氏に聞いてみても、手応えのある反応はない。

 あの二人は話をはぐらかすのも上手い。真実はこのまま、分からないままである可能性が高いだろう。

 ……ロベルト王子になんて、絶対に聞けないし。


 ホセ氏と言えば。

 リィナ様より聞いた話だと、どうやらロベルト王子の護衛、兼、治安維持部隊員の残り任期が一年になった、とのことだった。


「ねえミヤ、これ喜んでいいのよね!? プロポーズの返事、承諾として受け取ってもいいわよね!」


 リィナ様と手を取り合い喜ぶ。

 柄にもなく、小躍りも添えた。


 ……後から気付いたが、任期満了まで一年も時間がかかる理由、恐らく。

 ロベルト王子の婚約者決定が難航しているからだろう。ライナス王子も私と同意見であった。


 罪悪感を覚えつつも、しかし。

 そのことをリィナ様に告げた際の、リィナ様の返答は。


「そうだとして、悪の親玉はロベルトただひとりよ」


 ――リィナ様、相変わらずロベルト王子への当たりがお強い。悪の親玉、って。

 言葉選びが面白くて、不敬と分かりつつも、笑いを抑えきれなかった。


 *


 ライナス王子とお会いするのは何日ぶりだろうか。

 食堂で昼食を取りながら、そんなことを考えた。

 

 昨日、遠方地区への訪問より、首都へお戻りになられたと聞き及んでいる。

 いつの日からだったろうか。ライナス王子が地方訪問から帰宅した翌日、ライナス王子と大学構内の食堂で落ち合うことが我々の間で習慣となっていた。


「おっ、見ろよ、勇者ちゃんがいるぜ」

「ライナス王子、今日から大学に出てくるらしいからな。待ち合わせでもしてるんじゃないか」


 ――後方より噂話が聞こえる。

 勇者ちゃん、と言うのはまあ……私のことだ。不本意ながら。


 この不名誉な渾名は、どうにも自然発生したものらしかった。

 曰く『呪われ王子との交流に、果敢に挑む勇者』……だとか。

 なんだそれは。それならロベルト王子もホセ氏もリィナ様も勇者ではないのか。


 しかし、この渾名のおかげで悪くないこともあった。

 ――大学構内で、生徒や教授たちから向けられていた私への辛辣な態度が。目に見えて弱まったのだ。


 つまるところ――国立大学に不相応な場違いの平民娘、ではなく。

 ライナス王子とすら付き合いのある怖いもの知らず、と認識されるに至ってしまったようであった。


 以前、私へ水を掛けた女生徒が。ライナス王子よりこっ酷く脅されたという経緯も、私への(不本意な)畏怖を強めているのは、言うまでもない話だった。


 後方の生徒二人による噂話は続く。本人に聞こえているぞ。


「勇者ちゃん、今日こそ不幸に見舞われるのかね」

「意外と大丈夫だよな。ライナス王子の『呪い』って、実はそこまでヤバいものでもないんじゃね?」

「でも礼拝堂の聖母像落としたの、ライナス王子の『呪い』だろ。あれはどう考えてもヤバ案件だろ」

「うーん……。なんかこう、ライナス王子を、ちゃんと? もてなせば? 案外大丈夫、とか」


 ――結果的に、ではあるが。

 ライナス王子と交流を続けてもなお私が無事である、その事実が。

 

 どうやら、国民からライナス王子へ向けられていた嫌悪感を、薄めつつある……らしい。


 私自身は。今も尚『呪い』の存在を信じてはいない。

 ただ同時に。『呪い』を無闇矢鱈に否定することも、辞めることにした。

 ――西の神託者宅へ訪問した時に決めたことだ。


 私が否定するべきと決めたことは、ただひとつ。

 誰かの不幸を「ライナス王子のせい」だとする言説を、否定すること。


 ……礼拝堂の聖母像がライナス王子のせいで落ちた、というのは、誰かが不幸になった噂話ではないから。

 放置でいいか……。


「やあ、ミヤ。待った?」

「ライナス王子」


 手をひらひらと振りながらライナス王子が食堂へ現れる。

 後方で噂話をしていた二人組が、急に声をひそめ始めた。声が大きい自覚があったのだろうか。


「いかがでしたか、今回の地方訪問は」

「――ふふ、今回はねえ、ミヤ選定のお土産を! 受け取ってもらえたんだよ! ようやくミヤの力添えに報いることができたよ……!」


 嬉しそうにライナス王子がはしゃぐ。……良かった。

 ずっと、自身の『呪い』を恐れる人々から土産の受領も断られる、と気にされていたものな。


 ライナス王子の地方訪問はもう幾度となく行われている。

 そして訪問先で、破格の偶然による『不幸』が起きたという話は、未だ聞き及んでいない。

 

 国民も気付き始めたのだ。

 ライナス王子、恐るるに足らず――と。

 ……いや、その言い方は違うか? まあいいか。


「プラムが甘くて絶品ってお褒めの言葉を受け取ったからねえ、エッジワース社の取扱品ですって触れ回っておいたよ」

「それは……王宮の方が、民間の一企業を宣伝しても良いのですか……? 贈賄ですとか……」

「色々な意味で今更でしょ。俺も兄貴も、一企業――エッジワース社にばかり案件を発注してるわけだし」


 そう言われると急に不安になる。法律とか引っかからないかな。

 ……ライナス王子は法学部だし、法的根拠については抜かりないのかな。そうだと信じよう。


「さて、俺も昼食にしようかな。ミヤは……」

「オムライスです。美味しいですよ」

「うーん、聞くまでもなくいつも通りだった。俺はどうしようかな」


 そう呟いて席を立ち、注文品を手に戻ってきたライナス王子の選んだ品は。

 甘い、パスタ。


 父の取引先のひとつ、甘いパスタをメニューに添える飲食店。

 その店で修行した若者が大学構内の食堂に就職した結果、爆誕したメニューだ。

 

 この大学食堂版・甘いパスタ。

 生クリームの量はオリジナル版よりも遥かに多く、クリームの甘さも過剰なまでに強められている。

 オリジナル版にあった、ある種のバランスの良さは放棄された一品だ。甘さ超・特化版。

 ……見ているだけで胸焼けしそうだ。

 

 注文者は少ないが、一部に熱狂的なリピーターが発生したとかなんとか。

 もちろん、ライナス王子もそのうちの一人だ。


「そのメニューお好きですね、ライナス王子……」

「うん、人類史上に残る発明の一品だと思うんだけどねえ。ノエルですら、大学食堂版については結局食べ切れずギブだったのは本当に残念だよ。超甘党だった、前代の西の神託者に鍛えられたって人材だから、期待してたんだけどなあ」


 前代の西の神託者、か。

 生きていたら。ライナス王子と同じように、甘いパスタに感激したのだろうか。


「ミヤもほら、あーん」

「……ライナス王子」

「何度も食べてるうちに病みつきになるから!」


 渋々、ライナス王子に差し出されたフォークを口内へ迎え入れる。……ゲロ甘。


「ね、ミヤ、慣れてきたでしょ? 最初食べた時は、甘過ぎて飲みこむことも拒否してたのに!」


 ……確かに、今回は甘さに耐え兼ねつつも、胃へ通してしまった。

 いつかこの甘過ぎるパスタも、慣れて日常になってしまうのだろうか。

 

 ライナス王子が隣にいる日々が、当たり前となってしまったのと同じように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不幸を振りまく呪われ王子に気に入られてしまいました(が、呪いなんて存在しないので問題ありません) ささきって平仮名で書くとかわいい @sasaki_hiragana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ