第27話 天気だろうと許すはずないよ
嵐の夜が明けた、翌日。
快晴。晴れ晴れとした空である。直射日光が目に眩しい。
西の神託者宅への訪問は、土砂崩れの発生によりお流れだろうが。
しかしこの雲一つない晴天の下であれば、帰路に問題は起こらないだろう。
のんびり構えていたところ、唐突にロベルト王子が仰天したように大声を上げた。
「――どういうことだ!?」
「私も我が目を疑ったのですが、しかし先ほど報告いたしました内容そのままの意味でして……」
ロベルト王子の護衛が、ロベルト王子以上に狼狽していた。
彼は確か、朝から街の様子を確認に出ていた人だ。不可解な光景でも見てしまったのだろうか。
「……現地確認が必要だな」
「兄貴、俺も行っていい? ね、ミヤも」
ライナス王子が身を乗り出す。
一晩経って、何故か浮かれ調子のご様子。昨日の雷を背景にした会話が嘘のように上機嫌である。
私だけでなくロベルト王子もまた、心弾んだ様子のライナス王子に怪訝な表情を浮かべていた。
何を確認するのかも分からないまま、ロベルト王子らに連れられ『現地』とやらへ向かう。
海沿いの街道。道の上に、何かが引きずられた跡だろうか、泥が海側へ向かうように線を描いていた。
その他については特に不審な点もない、極々ありふれた普通の道路である。
……ここが『現地』?
同行されているリィナ様も眉根を寄せ、不審の感情を露にしている。
しかし、事前に護衛からの報告を受けていたロベルト王子とホセ氏は、まるで幽霊でも目撃してしまったように目を見開いていた。ホセ氏に至っては一、二歩、後ずさりするほどだ。
ただ一人、ライナス王子だけが。
得心したように頷き、微笑を浮かべていた。
……眉尻が天に向かうように引き上げられている。不調和な笑顔。
「ロベルト、どういうこと? この風景の何がおかしいのよ、普通の道だわ」
「普通の道であることが異常事態だ。ここは昨日、土砂崩れがあった場所だぞ」
「……は? 場所を勘違いしているとかじゃ、なくて?」
リィナ様が懐疑の声を上げる。当然だ。だって、あり得ないではないか。
一晩で、道を塞いでいた土砂が、跡形もなく消えてなくなってしまう――なんて。
――跡は……あるのか。
何かが引きずられたかのような、泥の跡。……これが、土砂崩れの跡?
いや、そんなことが……あり得るだろうか。あり得るわけがない、と思う。
「西へ向かう道路はこの海沿いの道一本しかない。そしてこの街に接続している街道のうち、海に面している道路はこの一本のみ」
間違える方が難しい状況だ。ならば、一晩で土砂が消えてしまったという推察は。
真実であると、そういうことなのか。
呆気にとられた我々に対して、笑い声が降りかかった。
――ライナス王子だ。
「俺のミヤに害を及ぼそうとしたんだもん。天気だろうと許すはずないよ、ねえ?」
あはははは、とライナス王子の陽気な声が空へ舞い上がっていく。
快晴だ。端から端まで青い空。余りの青さに、空と海の境目が分からなくなるほど。
ロベルト王子が口元だけを小さく動かした。
「……これも、ライナスの『呪い』によるもの、か……」
*
一日遅れの旅程は、しかし土砂降りの大雨が上がって以降は問題一つなく順調に進んでいた。
乗り物酔いに揺れる双子王子の体調を『問題』に含めなければ、だが。
道を塞いでいた土砂崩れが、一晩で消失していた奇怪については。
山上にそびえ立っていた高木が、落雷の影響で倒木。
斜面を転がり落ち降下、そのまま土砂を引きずるように海に落下したのでは――以上がロベルト王子の見解だ。
荒唐無稽な推測であるが、しかし他の方法も思い浮かばない。
後日、首都より調査隊が派遣されるとのことだったが、どこまで真実を追求できるかは難しいところだろう。
どこまでも続く海岸沿いの道を馬車が駆ける。
首都から離れ、半島の西端へ近付くほど、民家や耕作地、牧地も疎らとなっていく。
辺境の地と言ってよいだろう。我が国の最果て、国土のうち最も海へ突き出した場所。
海を臨む小高い丘の上に、辺鄙な場所には似つかわしくない邸宅が見えてきた。
リィナ様の唾を飲みこむ音に合わせるように、ロベルト王子もゆっくりと顔を上げた。
二人の緊張がこちらにまで伝わってくる。
表面上はいつも通りの顔をしているホセ氏も、また。二人を気遣ってか、口調が普段よりもゆったりと間延びしたものになっている。
ライナス王子は――再び、乗り物酔いに撃沈していた。
西の神託者邸に気付いているのかいないのか、乾いた笑い声だけがライナス王子の口から絶えず漏れ続けている。
パウンドケーキの箱を少しだけ開け、中身を覗き見る。
……うん、大丈夫。万全の状態だ。一つの型崩れもない。
張り詰めた空気ごと、馬車は我々を西の神託者邸まで運ぶ。
青い空を白い鳥が駆けていき、軌道が宙を二つに切り裂いていた。
*
西の神託者宅にて我々を迎え入れたのは、一人の少年であった。
長年、人を嫌い一人暮らしを貫いてきた西の神託者であったが、数年前に弟子を取ったと聞いている。
白髪に深い藍の瞳を携えた全身黒服の少年こそが、西の神託者の御眼鏡に適った、次代の神託者なのだろう。
「……遠方までお越しいただいて、非常にありがたい限りなんですが。その……」
弟子の発言に場が凍り付く。
「やはり……駄目だったか。一週間の延期に加えての雨による旅程遅れだ、無理もない……」
「まってよ兄貴、まさかここまで来て、今回は残念でした~また来てね、なんてないよね!?」
「西の神託者に話を聞いてもらえないならば致しかたないだろう」
双子王子の会話が喧嘩に発展する一瞬前。あの、と、か細い静止が掛かった。
ゆっくりと手を挙げた西の神託者の弟子に視線が集う。しかし注目を一身に浴びようと怯むことなく、マイペースな口調で弟子は言葉を続けた。
「えーと、それ以前の問題でして。そうですね、見て頂くのが一番早いかな」
そのまま弟子に連れられ、奥へと招き入れられる。門前払いを覚悟していたのであろう、ライナス王子とロベルト王子がお互い驚愕の表情をもって顔を見合わせていた。
案内に従い辿り着いた部屋。天井が吹き抜けとなり、光が空間を満たしている。
奥にはそう大きくもない聖母アリア像が鎮座し、足元には長方形の大きな箱。ちょうど人ひとり分くらいの大きさだろうか。
……と、いうか、あれは。ちょうど人ひとり分、などではなく。
人を入れるために作られた、箱。
――寝棺では、ないだろうか?
気付けば私以外の面々も、聖母アリア像の下方へと目線を向けていた。
時を同じくして、西の神託者の弟子が告げた言葉は。皆の想像通りの内容だった。
「師匠は――西の神託者は。先週、亡くなりました」
西の神託者の弟子が身を包む黒服は。
……喪服だったのか。
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